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『メイドさんは出て行きたいッ!』~誕生日を忘れられたので辞表を書いたら、無自覚な家事技術で世界を救う聖女だと勘違いされました~  作者: 黒崎 凱


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第69話:『うけいれて』

『伝える』


……その、言葉が持つ強さと難しさを

この日アイナは知る事と成る。


……


「アイナ様……私共も努力は続けました。

ですが……当家は、呪われて居るのです」


唐突なエルンストの告白に、アイナは目を見開いた。

一方のエルンストは、腰の鞘に手を当てながら

更に続けた――


「……始まりは、ある日の夕暮れ時。

果実園の近くに居られた奥様は

なんとも楽しげに、林檎をもがれておいででした。


……ですが。

その直後でした――」


――


『キャァアアアアアッ!……』


『なッ?!……奥様っ?!

お、奥様ァァァッ!!!!!』


――


「――それは、一瞬の出来事でした。

奥様は、みるみる内に衰弱され……


……そのまま、息を引き取られました」


「そんな……では、その短刀は……」


アイナの問いに小さく頷いたエルンスト。

彼は、更に続けた――


「……その頃からです。

屋敷内に深夜、何処からとも無く

『鳴り響く音』がし始めたのは。


……旦那様は悪魔祓いを呼び、

幾度と無く屋敷内を祓わせました。

ですが、音は収まらず……坊ちゃまは

母君を失い、酷く塞ぎ込まれた。


……せめて、食事だけでも

着替えだけでも、掃除だけでもと。


ですが……全てを拒絶されました。

お坊ちゃまには、それら全てが

母君との記憶に結びつくのです――


【要らない、母さんを返して】


――幾度と無く発せられたその言葉を訊く度、

私共は、何も出来ない不甲斐なさを

唯《ただ》、感じ続ける事しか出来ませんでした。


……この『短刀』は、邪《じゃ》を祓う為。

『外灯』は、結界として……決して。


片時も、切らしてはならないのです」


……そう、重苦しく吐露したエルンスト。

そんな彼の発言に、庭師の男は声を上げた。


「……ええ、昨日も一匹。

猫が呪いにやられました……例の『雑木林』ですよ。

呪われたあの地がまた、罪の無い命を……くそッ!」


……急激に重苦しくなる調理場の空気。

だが、アイナはとても冷静に……且《か》つ。

少し言葉を選びながら、諭す様に告げた。


「……兎に角。

問題を一気に解決は出来ませんし。

先ずは、直近の問題……解決しません?」


『カンカンッ!』……と、

鍋横に木べらを当てつつそう言ったアイナ。


……彼女の眼前には、出来立ての

寸胴鍋いっぱいの『ミネストローネ』が湯気を立てていた。


「ですが、アイナ様……今お持ちすると

いつもより少し提供時間が早く成ってしまうのですが」


エルンストがそう言うと。


「大丈夫です!パンは……うん、いい香りです!

後は牛乳は……小さいカップに。

その代わりに……スープを多めにしときますねっ!」


……次々と配膳準備を進めたアイナ。

彼女は……パンを薄切り、且《か》つ

一口よりも少し大きくカットし、牛乳を

グラスでは無く『デミタスカップ』に注ぎ……そして。


『ミネストローネ』を大きめの『マグカップ』に注いだ。


そして――


「……これで持っていきますっ!」


「配膳でしたら私が……」


「いえ!責任を持って、私が配膳しますっ!」


……アイナは頑なだった。

アルベルトが銀盆を受け取ろうとしても

決して渡そうとはせず、そのまま

『お坊ちゃま』の待つ二階へと向かうと――


◆


「えっと……すみませ~んっ!

両手が塞がってるので~っ!……お坊ちゃま~

扉、開けてくださ~~~いっ!」


……返事は無かった。

だが、アイナは続けた――


「お坊ちゃま~っ!!!……淑女《レディ》が困ってる時は

スッ……と、扉を開けたらスマートですよ~~~っ!!!」


……尚《なお》も、返事は無かった。

直後、僅《わず》かに眉間にシワを寄せたアイナは――


「キャータイヘーン!

このままだと、お坊ちゃまのパンと牛乳が

私の胃の中に入ってしまうかも知れませ~ん!」


――と。

効果の程が定かでは無い『脅し文句』を口にした。


すると――


「……煩い、扉の前に置いとけ」


――扉の向こうから微かに発せられた声。

だが、アイナはそれを聞こえなかったかの様に

更に続けた――


「ワーーー美味しそうなパン!

今日は焼き立てですし、牛乳なんてこんなに新鮮で

香り高い一級品ですよ~!お腹減って来ちゃったな~っ!

扉越しだし、ちょっと位食べちゃっても

絶対に、お坊ちゃまは気付かないだろうな~っ!」


「……やめろ」


「あ~そろそろ限界です!

もう、このパンと牛乳を食べ尽くして~……きゃっ?!」


――瞬間

僅かに勢い良く、微かに開かれた部屋の扉。


……その奥に立っていたのは、

顔を覆う程に伸び切った銀髪の弱々しい少年だった。


彼は――


「……パンと牛乳だけで良いって言っただろ。

受け取ってやるから、下がれ……」


――そう言った。

だが、アイナは引かなかった。


「……嫌です。

手、怪我してるじゃないですか……嘘つきは駄目です。

罰として、食べてる所見るまで下がりません」


「お前に……関係ないだろ」


「あります!……短い間ですけど、

このお屋敷に仕えるメイドとして

お坊ちゃまの健康と無事と幸せを見守るのが

私の大切なお仕事です!」


「……何なんだ、お前は」


「何って……メイドですっ!

アイナ・リーネルです!……あと、お坊ちゃま。

手を怪我されてる様なので、私が食べさせてあげます!」


「い、要らないっ!……自分で食べられるッ!」


「そうですか……では、どうぞ!」


「なっ……か、貸せっ!」


……直後、彼はアイナから銀盆を奪い取ると

そのまま部屋の奥、机に昼食を置いた。


そして――


「……一口かじる、そしたら下がれ」


「はい!……あっ、出来たら私にもひと口下さい!」


「なっ……お、お前は食堂で食べればいいだろ……」


「ですよね~……あっ、熱いので気をつけてくださいね?」


「要らない、スープなんて……って。

何でスープ皿じゃ無くてカップに入れてるんだ?

スプーンはあるけど……」


「理由……知りたいですか?」


「……別に、いい」


「飲むと、わかりますよ?」


「要らない……っていうか、牛乳が少ない。

追加で持ってこい……何でこんなカップだらけなんだ……」


「嫌です。牛乳は私が飲むんです」


「なっ……ふ、ふざけるな!

お前はメイドで、僕はっ!……」


「……温かい内にスープ飲んでくれたら我慢します」


「く……クビにされたいのかっ!?」


「……安心して下さい。

私は、今日から二週間しか居ませんから……だから。


お坊ちゃまが鬱陶しいのは、二週間だけです」


「……」


訪れた静寂……アイナは

部屋には一歩も足を踏み入れず、

廊下側でひたすらに待ち続けていた。


そして――


……


『ズズッ……』


――静寂の中。

スープを啜る音だけが、僅かに響いた。


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