第68話:『のりこえて』
――アイナは、止まらなかった。
エルンストはアイナを追いかけ
その行動に是非を突きつけ続けた。
だが……そんな彼を無視し、彼女は料理を始めた。
……
「……栄養のバランスが良いとか悪いとか
絶対に、そんな次元じゃ無い。
ご子息様はきっと、胃の調子自体も
健康状態だって良くない筈。
……にんにくとオリーブオイル。
お肉は……ベーコンで良いですね。
後は……人参、キャベツ、じゃがいも、玉ねぎ。
それからトマト……ブイヨンも、あるみたいですね。
塩コショウと……あっ!
『香草』を用意しないと!……」
「……で、あれば『月桂樹』を入れるべきでしょう」
セシリアは香草類の棚をみつめつつそう言った。
「あっ!本当だ……しかも、凄く質が良いですよこれ!
絶対に入れます!……後は……エルンストさん!」
「なんですっ!?」
「パン、買ってきて下さい!」
「な゛……ッ……何故?!」
「あんなパンじゃマズイからです!
もし、買って来るのが駄目なのなら
調理用のオーブンを使えるようにして下さい。
……パンと牛乳しかお召し上がりに成られないのなら
せめて、其処だけでもちゃんとして下さい」
「わ……わかりました。
全て『お客様のご要望』として承ります。
ですが……」
「何でも良いから急いで下さいッ!
お昼ご飯の時間まで
あまり余裕がないんですからッ!!」
「な゛ッ……」
……直後、僅かに不満げな執事エルンストは
『買い出し』に向かい、アイナは『牛乳』の確認をした。
「やっぱり……この牛乳って凄く新鮮ですよね」
「わ、わかるんですか?!」
メランダは目を見開きアイナに問う。
「ええ、だって……注いだ時の香りが違いましたし!」
「け、獣並みの嗅覚ですね……」
「うわぁ……それは褒められてる気がしな……って。
猟師さんには連絡入れてくれました?」
「へ?……あ、はい!恐らく昼過ぎ頃には
来てくれると思いますけど……」
「おぉ~!……ナイスです!メランダさんっ!」
「あ、ありがとうございますっ!……あっ。
ほ、他に……必要なもの……とか、ありますか?」
「ん~……あっ!ご子息様のお召し物ですけど。
今度、お召し替えされる時には
敢えて女性ものを渡してみてください!」
「……へっ?!
だだだッ?!駄目ですよそんな事っ!!!」
「ふふっ♪……冗談ですっ!」
「もぉっ!止めて下さいよっ!」
「……でも。
こんな冗談を言って笑える様な時間
もっと増やすべきなんです、実際。
だから……其の為にも
このスープ、皆さんにも食べて頂きたいので。
作り方!……見て覚えてくださいね!」
この後、アイナは丁寧に手順を続けた。
……具材は全て『みじん切り』にする事。
味付けは僅かに薄く感じる程度にする事。
具材の旨味を引き出す為、じっくりと煮込む事。
眼前の料理に真摯に向き合いながら
説明を続けたアイナ……やがて。
最初は迷惑そうだった使用人たちも
少しずつ、心を開き始め……気付けば
皆、真剣な表情で各自にメモを取り始めていた――
……
「……っと、この位まで煮込んであげると
噛めなくても、飲み込めちゃうんです。
因みにこの調理法って、実は……ちょっと邪道なんです。
でも、体の調子が悪い人に邪道も正道もないんです。
『あーすっきりしたっ!』
……食べた後、そう思えるなら
私はそれが、正しさだと思うので!」
満足気に笑みを浮かべ、そう言い切ったアイナ。
そんな彼女に対し、買い出しから戻ったエルンストは
静かにパンを置きながら、
アイナの決意への『返答』かの様に
愚痴を漏らした――
……
「アイナ様……当家の者たちが
『何もしない愚か者』と思われてしまっては
伯爵家の名折れです……故に。
少々、言い訳がましい説明をさせて頂きます」
――そう言ったエルンストの目は
何処か淋しげで――
「……当時、失意の底に沈まれていた坊ちゃまの為。
私共は、朝から夜まで必死に――
『せめて食事だけでも』
――と、腕によりをかけ、各地の高級食材
新鮮な果物、名産品と……必死に、取り繕うように。
坊ちゃまの為にと、作り続けました。
ですが……坊ちゃまは、手を付けなく成られた。
そして――
【要らない】【要らない】【要らない】
――と、我々が準備した数々の料理に対し
坊ちゃまは、不要の札を貼り続けたのです……」
――悲痛な表情を浮かべ、そう言ったエルンスト。
アイナは、唯黙って訊いていた。
……彼から溢れ出す悲痛な訴え。
その最後の一言が発せられるその時まで。
彼女は唯……静かに、鍋をかき混ぜ続けていた。
そして――
……
「……アイナ様。
その『ミネストローネ』が
坊ちゃまの口に入るとは思えません。
折角ですが、やはり坊ちゃまには何時も通り……」
「“ご子息様”……じゃ、無かったんですか?」
「なっ……」
「エルンストさん……皆さんも。
きっと、全員『寂しかった』のでは?
何故、そうなってしまったのか……
……部外者である私が
訊いて良い話では無いのかも知れませんけど。
でも、それなら……私が居なく成った後で構いませんから。
どうか、もう一回だけでも向き合って下さい。
『お坊ちゃま、私たちは寂しいです』……と。
正直に、伝えるべきだと思うんです」
……振り返ったアイナは、真っ直ぐな目で
使用人たちを見つめ、そう……言った。




