第66話:『ひらいて』
――試験開始日の朝。
アイゼンドルフ伯爵邸では、
アイナが何かを進めようとする度、
執事エルンストに依って、阻まれていた。
にも関わらず、アイナは何故か笑みを浮かべ
エルンストを見つめていた。
だが……その『眼差し』は、エルンストに対し
大きな『誤解』を与えていて――
……
「アイナ様……屋敷内の情報を
例え一言でも漏らすと言うのなら、私は……」
「へ……?
ど、どういう事ですか?」
「お、お惚けに成られるのは……」
「えっと……その、取り敢えずっ!
私が思いついた事をお訊ねする前に
一つ質問なんですけど……
……昨日、仰ってた『ご子息様』のお食事って
何処で作られてるんですか?」
瞬間、エルンストの表情が急激に曇り
セシリアはすかさず口を開いた――
「……事実上、調理を行えるのはこの場所のみ。
『内密に』と頭を下げた事を鑑みれば……アイナ。
貴女の『見立て』通りの筈です。
さぁ……続けなさい、アイナ」
「あ、有難うございますっ!……そ、それでその。
此処をこんなに使っていて……でも、どうしても
『修理の都合を付けられない』って言うのなら。
道具類だけでも、此方に持ってきたら良いと思うんです!」
……その『提案』を聞いた瞬間
使用人たちは血の気が引いたような表情を浮かべた。
だが――
「そ、その様な事をすれば、
賓客用の調理場は『もぬけの殻』となり
当家の恥と……」
――苦し紛れに
そう言い掛けたエルンストを制したアイナ。
「待って下さい……調理場まで入る様なお客様はいません。
それに、ご子息様の料理まで担当している調理場が
『この状態』では、使用人は勿論。
ご子息様の体調にも問題が出ちゃいます!
それと……それでも家名を気にされるのであれば
まず、向こうにある使える道具をこちらへ。
そして此方の壊れかけた道具を、
向こうの調理場に『移動』させれば良いんです。
……そしたら、申請も出来るはずです!」
「そ、その様な『トンチ』を……ッ?!」
この瞬間、何かに気付いた様に目を見開いたエルンスト。
そして――
「……よもや、嫌味を仰られるとは思いませんでした。
良いでしょう……では。
『お客様のご要望』と言う形で、申請を通させて頂きます」
「へっ……と、言う事は……どうなるんですか?」
「なッ?!……アイナ様がどう仰られようと
家名に傷をつけるわけには参りませんッ!!
故に、此方の調理場を修理しッ!……」
鼻息荒く……だが
丁寧に説明をするエルンストに対し
アイナは、目を輝かせ――
「あ、有難うございますっ!」
――そう言って、頭を下げた。
一方、エルンストは。
「……と、兎に角。
アイナ様は、本日より試験なのですから
これ以上、当家の律動をお崩しに成るのは……」
「あッ!……あのっ!!」
「なんです!?」
「い?!……いえ、その……ご子息様のお食事って
もうお出しに成られたんですか?」
「……アイナ様」
「は、はい……?」
「良くぞお訊き頂きました……感謝申し上げます」
そう言うと、慌てて戸棚を開き
バゲットを取り出すと、切れ味の悪いパンナイフを用い
一人分を切り分け、カゴに載せ――
「メランダ……牛乳を」
「は、はいっ!!……ど、どうぞ」
――若いメイドから牛乳瓶を受け取り
グラスに半分ほど注いだ。
そして、一点の曇り無く磨かれた
『銀盆』へと、それらを載せると――
「……では、失礼致します」
――そう言って、少し急ぎ足で二階へと向かった。
だが、アイナは――
「えっ?……ちょっと、あのっ!!
あ、あんなのじゃ……」
――その、余りにも質素で
あまりに簡素過ぎる『朝食』に、言葉を失っていた。
だが『メランダ』と呼ばれた若いメイドは
そんなアイナに対し、小さな……だが。
ある重要な『不満』を漏らした。
「坊っちゃん……作っても、食べないですから」
「え?……た、食べないって……死んじゃいますよ?
まさか、朝食以外もあんな調子じゃないですよね?」
「いいえ……量が変わるだけです」
「そ、そんな……大丈夫なんですか?」
「分かりません……着替えの服も、食べ終わったお皿も
全て部屋の前に投げてあるだけですから……」
『メランダ』の語った事情は
アイナにとって余りに悍ましいものであった。
だが――
「……でしたら、一秒たりとも無駄に出来ませんね!」
――アイナは、何故かやる気に満ち溢れていた。




