第61話:『正しさの白』
「さて……こうして
愛おしい思い出に触れていたいのは山々ですが。
それを続けられるほど、王都は甘くはないでしょう。
……厳しい事を言う様ですが、試験会場として
エーレンベルク卿が指定した家を整えるのは
少しばかり……いいえ。
……『覚悟』を決めるべきでしょう」
それは、心を切り替える様だった。
……監査官として。
そして……愛おしくも儚い白を護る為。
セシリアは、敢えて厳しくそう言った。
「……そんなに、怖いお屋敷なんですか?」
「怖い……といえばそうなのかも知れませんね。
例えるのなら、想像する様な恐ろしさとは
違った方向に『歪んでしまった』家……
……と、呼ぶべきでしょう」
【アイゼンドルフ伯爵家】
――それは、嘗て
王都中枢への絶大な影響力を有していた
有数の名家だった。
軍事、政治、財力……それら全てに於いて
圧倒的な力を誇って居たこの名家は。
没落では無く『停止』していた――
「わ、私は何をすれば良いんですか……?」
――セシリアの醸し出す異様な空気に押され
怯えた様にそう問うたアイナ……だが、この直後。
セシリアは、確信とでも言うべき宣言をした。
「アイナ、貴女は……貴女として過ごすのです。
『変えよう』『進めよう』『温めよう』
……どれも必要ありません、唯。
貴女が、貴女と言う一人のメイドとして
貴女の中に息づく矜持を
歪ませず居る事だけを考えなさい」
「私の、矜持?……出来るのでしょうか?」
「……例え出来なくても、貴女を責めたりはしません。
ですが、安心なさい……試験には私も同行します。
著しく貴女が傷つく事を、私は決して許容しない。
壊す為では無く、見届ける為……私は此処に居るのですから」
アイナをまっすぐに見つめ、そう告げたセシリア。
「セシリアさん……わ、私っ!頑張りますっ!」
「ええ、期待をしています……ですが
無理をしてはいけませんよ?……さて。
では、ここからは少し……監査官らしい立場でお伝えします。
……アイナ・リーネル。
今日より数日の後、貴女には
アイゼンドルフ伯爵邸で
二週間の『臨時家政』を行って頂きます。
……尚、実施期間は
理由の如何を問わず、一切の増減を認めません。
あくまで、今回の臨時家政は『奉公』では無く
貴女が白の継承者として、適切であるか否かを
推し量る為の『試験』です。
アイナ・リーネル……理解しましたね?」
「……はいっ!」
「宜しい……では、準備を整えなさい」
「じ、準備……ですか?
道具類を用意したりとか……」
「いいえ、自室に戻り……替えの奉仕服や、化粧道具。
読み物一つに至るまで、全てを……準備なさい」
「す、全て……?……で……でもっ!!
私は二週間したら帰ってくるんじゃ……!」
「……それは違います、アイナ・リーネル。
最悪の場合……貴女は、メイドとしての資格を失い
そうでなくとも、このアストラル家には
二度と戻れないかも知れないのです。
全ては、試験の結果次第……そして、私は。
監査官として、白の継承者と呼ばれた過去を持つ身として。
貴女を甘やかすつもりは微塵もありません。
……遊びではないのです、気を引き締めなさい。
アイナ・リーネル」
「帰れない……?いやです……そんな……」
「……ならば、急ぎなさい」
感情を切り捨てたかの様に、この瞬間
冷酷にさえ思える態度でそう告げたセシリア。
暫しの沈黙の後、アイナは
走り去るように自室へと向かった。
遠ざかる足音。
誰も、その沈黙を破れない。
……セシリアは、唯静かに目を伏せる。
黒いベールの奥。
痛みを堪える様な眼差しだけが、静かに揺れていた。




