第60話:『受け入れる為の純白』
――漸く噛み合った視線。
アイナを見つめるセシリアの真っ直ぐな瞳は
余りに弱々しく、余りに温かくて――
「……懐かしいですね、アイナ・リーネル。
そのハンカチ……ずっと、大切にしてくれて居たのですね」
「へ……っ……?」
「あの日、貴女は……何時も以上に懸命でした。
冷たい雨の降る中、貴女は
街でも有数のパン職人フリューゲルのバゲットを
大切に抱え、走っていた……」
「……へ……っ?」
「ですが、急ぐあまり……貴女は転んでしまった。
……あの頃、私が時折見かけていた貴女は、
何時でも、とても素敵な笑みを浮かべていた。
貴女は当時から、誰にでも優しく、
平等に接する事の出来る、真心に満ちた女性でした。
ですが……あの日の貴女は、
まるで、失意の底に落ちたかの様に
泥に塗れて泣いていた……」
「セシリア……さん……そんな……じゃあ
貴女は……白の継承者……は……」
「……ええ。
あの日、私は――
『貴女の真心を護りたい』
――そう、思ったのです」
「セシリアさんが……純白の……メイドさん……?」
「……こんな事を自分で言うのは恥ずかしいけれど。
当時、貴女は私を遠巻きに見つめ――
『綺麗』
――と。
まるで、眩しいものを見るような眼差しを
差し向けてくれたでしょう?
私は、そのお陰で……そう在ろうと。
そう見える自分で居ようと。
貴女の『真心』に応えられる私で在ろうと――あの日。
私は……貴女のお陰で、心晴れやかに居られたのです」
そう言って、アイナを真っ直ぐに見つめていた
セシリアの瞳には、一切の迷いがなかった。
「……ずっと、大切にしてくれてありがとう。
ですが……残念ながら、私は
貴女の傍に居続ける事は出来ませんでした。
ですが……貴女の思い出として、
貴女の『真心』の近くにあり続けられた事は、
私の誇りでもあるのです……アイナ・リーネル。
いいえ……アイナ。
私は、貴女を
白の継承者として……いいえ。
……貴女が望む色へと。
貴女が、貴女自身の色を選べる様に。
精一杯支える事を、その『ハンカチ』に
そして、貴女の『真心』に――誓いましょう」
そう、告げて――セシリアは
深々と“膝折礼”をした。
……ベールの奥、まるで
あの日の『純白』の様な瞳で――
「セシリア……さん……っ……セシリアさんっ!!!」
――直後。
耐えきれぬ様に、セシリアへと駆け寄り
そのまま、セシリアを抱き締めたアイナ。
……嫌がられるとも、拒絶されるとも。
一切、恐れること無く。
唯、心のままに深愛を伝えたアイナ。
それは……『純白』を越えた
温かな光の色だった――
……
「ええ、良く……耐えましたね……」
……背を撫でる優しい手
アイナを包む、その眼差しと温もり。
穏やかに進む時間……そして。
漸く落ち着いたアイナは
涙を拭いながら――
「セシリアさん……その、取り乱してごめんなさい。
それで、その……ずっと返さなきゃって思ってて。
ずっと持ってたので、汚れちゃって
それで、何回も洗って……だから。
す、凄く生地がぼやけちゃってますけど……
……でも、やっと返せます。
その……遅くなってすみませんでしたっ!」
――そう言って『宝物』を差し出した。
だが――
「いいえ、それは受け取れません」
「へっ……?で、でも……」
「……それは、貴女にお渡しした物です。
それは、パンを包む為……何よりも、
貴女の真心を穢させぬ為に。
……何時か、悲しみにくれた貴女がその涙を拭えたなら。
雨に濡れ、泥に汚れた時……貴女が、
それを身代わりにしてくれたなら。
私は、その為に成ればと願い
そのハンカチを渡したのです。
ですが……その子は。
愛された、きれいな白に成ってくれましたね」
――そう言って、優しく微笑んだセシリア。
彼女は……アイナの手に在る『宝物』を
愛おしそうに見つめていた――




