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『メイドさんは出て行きたいッ!』~誕生日を忘れられたので辞表を書いたら、無自覚な家事技術で世界を救う聖女だと勘違いされました~  作者: 黒崎 凱


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第6話:灰に舞う『白雪』

「――辞める。

今度こそ、絶対に辞めてやるんだから……ッ!」


――翌朝、自室の姿見《すがたみ》の前

アイナは両手で頬をぺちんと叩き、深呼吸をした。


「……良い? アイナ。


昨日はちょっと、ほんのちょ~っとだけ

あのバ……“若《わか》”当主様が可哀想に見えただけっ!


だ、だいたい薔薇を前に半泣きになってたからって

何だって言うのよっ! ……」


――彼女の脳裏に浮かぶのは

“母の形見の薔薇”を前に

本気で涙ぐんでいたレナードの姿……そして。


『君が居てくれて、本当に助かった』


――あの、妙に真っ直ぐな“イケメンボイス”だった。


「~~~っ!!

だっ、だからって誕生日を忘れて良い理由には

全然……なっ、ならないんだからぁぁぁっ!!」


――直後


羞恥《しゅうち》を振り払うように

首をブンブンと振ったアイナは

今日も、勢いよく(壊れない程度に)部屋の扉を開け放った。


だが……廊下の向こうに待っていたのは

青ざめた顔の使用人たちだった――


……


「ア……アイナ様……」


「ひっ!? ……な、なんですか?!いきなりっ!」


「あ、あの……


……昨日おっしゃられていた“儀式”

本当に行われるのですか?


もし出来ましたら聖女様……あ、いえ。

アイナ様がお一人で行われてはと……わ、私共は

浄化の儀式は疎か、神事には疎《うと》くてですね……


そ、その……」


「はい? ……なんですか?その『浄化の儀式』って」


青ざめた若きメイドの発言に首を傾げたアイナ

そんな彼女に対し“青ざめたメイド”は――


「い、いえその……昨日、アイナ様が

バラ園からお戻りに成られる途中――


『汚いな~……こんなの、直ぐに綺麗に出来るのに』


――と。

『呪われた噴水』をご覧になりながら仰られたので」


「は? ……あれ、呪われてるんですか?! 」


「え、ええ……使用人たちの間で

“触れたものに災いを齎す”と、語り継がれておりますが……」


「う゛っ……そ、その噂の根拠って何なんですか? 」


その、おどろおどろしい語り口に

寒気を感じたアイナであったが

青ざめたメイドの説明に、何かを“察し”――


「い、いえその……詳しくは存じ上げないのですが

元は純白の石造りだった筈なのに、先々代のご当主様が

逝去されてから、黒く禍々しい気を纏い出した。


とか、なんとかで……」


「……そ、それだけですか?」


「“それだけ”などと恐ろしいっ!! ……アレは

当家の触れてはならない呪われた禁忌のひとつなのですっ!

そ、そういう事ですのでっ!

しっ、失礼いたしますっ!!!」


「あ、ちょっとっ! ……もうっ! これじゃ辞めるどころか

私一人で噴水掃除しなきゃ駄目に成るじゃないっ!!!」


――どうやら、アイナ。

掃除はするつもりのようである。


ともあれ……この後、アイナは

屋敷の使用人たちに対し

ありったけの木灰をかき集める様、指示を出し――


◆


「お、おい……本当なのか?

聖女様……“あれ”を清めるって……」


「しっ! 声が大きい! ……聞かれたらどうするんだ!」


――アストラル家、大噴水前。


長年、まともな手入れもされておらず

白い石像は黒ずみ、苔《こけ》に塗れ

最早《もはや》“亡霊の住処”の様な有様となっていた。


(うわぁ……案の定、大騒ぎしてるわね。


でも、無駄に恐れおののいている

使用人たちなんてどうでもいいわ。


とにかく今は、少しでも手伝わせないと……)


「……“清め”じゃないですっ! 掃除です掃除っ!

大体、これは汚れて居るだけで! ……」


「し、しかし……噴水は漆黒に染まり

触れた者に災いを齎《もたら》す怨念を纏っていると……」


「これは、苔と水垢《みずあか》と黒カビを

長年放置した結果でしょうがッ!!」


――アイナの鋭いツッコミが響き渡り

使用人たちは“守護天使様の怒り”に

『ビクンッ!』……と成っていた。


「っていうか……ひっどい。

何年放置したらこうなるんだろ……」


……噴水の全体に発生した黒ずみ。

石像には苔、水面には落ち葉が浮かび

端の方では酷いぬめりが発生している。


一方――


「……本当に、大丈夫なのか? アイナ」


不安げに問いかけるレナード……彼は何故か

今日はやたらと距離を取っていた。


『皮の手袋』『長靴』口元を覆う『布』

所謂《いわゆる》……『完全防備』である。


「何ですか?その格好」


「い、いや……ジョセフが


『アイナ様の浄化は

人体には耐えられねぇかもしれねぇだ』


と、言ったものでね……」


「な゛っ!?……なんでそんな

風評被害を撒き散らしてるのよジョセフっ!!」


「あだっ!?」


――反射的に飛んだデコピン。

ジョセフは額を押さえ涙目になりつつ問うた。


「す、済まねぇだアイナ様……だが

本当に危険ではないのですだか?」


「……危険なわけないでしょ?

使うのは“灰”なんだから」


「は、灰……? 」


「えぇ、暖炉の白い木灰です……っていうか

貴方も集めてくれた筈でしょ? 」


――そう言ってアイナはバケツの中を見せた。

そこには、さらさらとした白い灰が大量に入っていた。


「良いですか? 木灰には汚れを落とす力があるんです。

油汚れにも強いし、石材の黒ずみも取れるんです」


「そ……そうなんだか? 」


「そうです……と言うか、

ちゃんと掃除を覚えてください。

あなた仮にも公爵家の庭師でしょ? 」


「うっ……返す言葉もねえだ」


「……落ち込まなくていいから。


ジョセフも皆さんも、噴水に灰を撒いて下さい!

均一に、全体が隠れる位にお願いしますね~っ!」


――アイナの指示を受け

使用人たちは恐る恐る噴水へ灰を振り撒き始めた。


ひらひら、ひらひら。


白い灰が舞う……その様子は

まるで“雪”のようだった――


「お、おぉ……」

「なんて神々しい……」

「聖女様が……白き祝福を……」


「いや、だから掃除だって言ってるでしょうがッ!!」


――そんな中。


灰の舞う光景を見上げたアイナは

ふと、幼い頃の記憶を思い出した――


――


『わぁ……す、すごい……』


……幼い日のアイナ。


薄暗い路地裏、泥だらけの服……凍える指先。


そんな彼女の目に映ったのは

純白のエプロンドレスを纏った一人のメイドだった。


……彼女は、雪のような白布を翻しながら

灰まみれの古びた石像に水を掛けていた。


灰の流れ落ちた石像は

みるみる内に白さを取り戻していく。


……その光景は、幼いアイナには

まるで“魔法”のようで――


……


「ま、魔女……さん……? 」


『いいえ?……これは、お掃除ですよ?』


――


「――アイナ? 」


――不意に掛けられた声で彼女は我に返った。


「へっ!? ……な、何ですか?」


「いや、急に黙り込んだから

灰を吸い込みでもしたのかと思っただけだ」


心配そうに覗き込むレナード。


「べ……別に、昔のことを思い出してただけです」


「昔? ……語りたくない過去ならば訊かないが」


「そ、そうじゃなくて……そ、その。

憧れてたんです、凄く綺麗なメイドさんに」


「綺麗な……メイド? 」


「ええ……その人は、どんなに汚れた場所でも

綺麗にしてしまって……なんだか、その人が居るだけで

その場所が、明るくなったみたいに見えて――」


そこまで言って、アイナはハッと口を噤《つぐ》み――


「――とっ、とにかく!

後は、灰を落とさない程度に

上から水を撒いたら今日は終わりです!

一晩置けば、明日には綺麗になりますから!」


――誤魔化すように話を切り上げたアイナ。


暫くの後……“儀式”を終え、使用人たちと共に

屋敷へと戻ったアイナは、レナードの――


『皆、念の為……塩で身体を清めるべきだ』


――と言う発案に従い

使用人用の浴場へと向かい……“身を清め”

この日の仕事を、終えたのだった。


◆


――何はともあれ、翌朝

アイナの“お祓い”を一目見ようと

中庭へ集まった使用人たち。


そんな彼らの眼前、

脚立の上に立った『守護天使』……もとい。


アイナは――


「……では、今から流しますので

皆さんは汚水の処理だけ気をつけてあげて下さいね!

行きますっ! ――」


――瞬間


バケツいっぱいの水を

噴水に向け勢い良く掛けた――


「なっ――」


「し、白い……」

「噴水が……」


――黒ずんでいた石像、苔に塗れていた噴水。

その全てが、朝日に照らされ眩いほどに白く輝いていた。


それはまるで、長い眠りから目覚めた神殿。


……“のように”

使用人たちの眼には映ってしまった様で――


「き、奇跡だ……」

「やはりアイナ様は……」

「浄化の聖女っ……!」


――ざわめきが広がる。


一方……その中心で、アイナは

腰に手を当てながら満足げに頷いた。


「……うんうんっ!

やっぱり白は良いわね……みなさ~ん

この調子でバケツの水を! ……って。


な゛っ?!――ちょっとぉ!?

なんで皆さん噴水の前に花を供えてるんですかっ?!」


――いつの間にか、噴水前には

祈りを捧げる使用人たちの列が出来ていた。


「ちょ?!……なんなんですか!?」


「せ、聖女様……聖女様が

浄化の儀式を行われただ……」


「な゛っ……ジョセフ!何言ってるんですか!

これは掃除でっ!……」


『浄化の聖女』


……この日、使用人たちの間に広まり始めた

“聖女伝説”……大慌てするアイナを横目に

中庭では、白く蘇った噴水を前に

使用人たちが列を成していた。


「アイナ様……どうか

うちの腰痛持ちの旦那にも御加護を……」


「だから私は聖女じゃありませんってばぁぁぁっ!!」


――半泣きで叫ぶアイナ。

だが――


「謙虚なお方だ……」

「なんと、慎み深い……」

「これぞ真の聖女……!」


「全員、話を聞きなさいよぉぉぉッ!!」


――早朝、アストラル家の噴水前

アイナの絶叫が響き渡った。


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