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『メイドさんは出て行きたいッ!』~誕生日を忘れられたので辞表を書いたら、無自覚な家事技術で世界を救う聖女だと勘違いされました~  作者: 黒崎 凱


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第5話:バラバラの『バラ園』・後編

――天を仰ぎ、涙を零したレナードの姿。


端正な顔立ちとは裏腹に、その目は

膝を擦りむいて泣く子どもの様な


純粋さが輝いていて――


(……あ゛ぁ~もうっ!!

これが最後よ! これが本当に本当の

アストラル家への置き土産なんだからっ!――)


「バ……若様《わかさま》ッ!

そのハサミを直ちに私に貸して下さいっ! 」


「ア、アイナ?! ……その荷物は一体……」


「良いから、早くっ! 」


「あぁっ……!」


レナードの返事も待たず

強引にハサミをひったくったアイナは

直ぐに、バラを剪定し始め――


「それから……ジョセフ!!

バケツに熱湯を用意して、其処に煙草《たばこ》

若しくは葉巻《はまき》の吸い殻を入れて、石鹸と

ナイフと攪拌《かくはん》棒、それから

濾し器と噴霧器を持ってきてっ!」


「へ、へぇ! 急いで持ってくるだっ!!! ……」


そう命じたアイナの凄まじい威圧感に

ジョセフは駆け足で倉庫へと疾走った。


一方、レナードは呆然とアイナを見つめていて……


「アイナ、君は一体何を……」


「……レナード様。


失礼ながら、針仕事の時も思ってましたけど

物には『正しい使い方』があるんですよ?

そんな純白の布手袋なんて、園芸には向きません。


トゲが刺さって怪我をするのだって当然です

これからは『皮の手袋』をお履きに成って下さい」


「あ、ああ……すまない」


アイナの注意に、静かに頷いたレナード。

そして……数分後。


息を切らして現れたジョセフから

注文通りの“謎の品々”を受け取ったアイナは

一瞬、笑みをこぼした後――


……


「レナード様……ジョセフも。

この液体は体に悪いので、

一度、お屋敷に戻っていてください」


そう告げると、ポケットから大きめの布を取り出し

それで口元を覆うと、ナイフで固形石鹸を削り

吸い殻の入った熱湯に溶かし、攪拌《かくはん》棒でかき混ぜた。


暫くの後……濾し器で濾し、

水で薄めたこの液体を、噴霧器へと入れると――


「よし、行くわよ――」


――噴霧器の安全装置《ロック》を外し

バラへと狙いを定めた。


直後、蠢《うごめ》く害虫へと齎された


“毒霧”――


「う、うわぁぁっ!? アイナ様まで乱心しただぁっ! 」


――腰を抜かし

再び狼狽《うろた》えるジョセフの戦慄《せんりつ》。


「なっ?! 乱心じゃないわよ! ……って、ジョセフ!

あなたもあっちに……って、違うわね。


これは、あなたも覚えておくべき方法よ。

今度からアブラムシが出たらこれを使って。


……それと、騒いでる暇があったら

貴方も口元を覆っておきなさい……」


そんな事など気にも留めず、尚もアイナは

“毒霧”をバラへと噴霧し続けた。


一方――


「……なっ?! 」


――アイナの纏う異様な雰囲気を心配し

アイナらの元へと舞い戻ったレナードは

其処で“異変”に気付いた――


「害虫たちが……次々と……」


――植物を襲う虫に対し

煙草などに含まれる主成分《ニコチン》は劇薬と成る。


それだけでは無い……彼女の噴霧した液には

石鹸も含まれている。


……それは、虫の体表面に纏わり付き

確実に息の根を止める為の秘策。


これは、庶民の庭先で用いられる

極めて合理的で、少し泥臭い『生活の知恵』だった。


……だが、そんなことなど知る由もない

レナードと、屋敷の使用人たちは、

皆一様に、感嘆の声を上げていて――


「おい、マジかよ……アイナ様が

吸い殻から霊薬を調合されたぞ……」


「す、すげえ……い、祈っとこうぜ……! 」


一方、そんな声など耳に入っていなかったアイナは

ひたすらに淡々とアブラムシを滅殺し続け……そして。


暫くの後――


……


「ふぅ……これで良し、っと。

レナード様、これでこのバラは……って。


ど……どうされたんですか?!

もしかして、噴霧液が目に入ったとかじゃありませんよね?! 」


そんなアイナの眼前には、目を潤ませ

アイナを真っ直ぐに見つめていたレナードの姿があった。


そして……この直後、

彼はアイナの手を握り締め――


「……ありがとう、アイナ。


君のお陰で、母の遺したこのバラ園が……浄化された。

いや……それだけじゃ無い。


私の失敗をも取り去るため、君は

その身を呈し、見事なまでの剪定技術を見せてくれた。


アイナ、是非ともこの礼に報いたい――」


――そう告げ、静かに跪《ひざまず》いたレナード。


だが、その行動はアイナにとって

これ以上無い程の“誤解”を与える物で――


(えっ? ちょ……嘘でしょ?!


い、いきなりプロポーズ?! ……ま、まさか

そんな事ありえないわよね? ……で、でも

凄い真っ直ぐ見つめて来てるし

凄いイケメンボイスだし……もしかして

私の魅力に気づいて……って、駄目よアイナっ!

騙されちゃ駄目っ! この人は

私の誕生日をスルーした大罪人よ!

今日は『退職願』を突きつけ――)


「アイナ」


「ひゃぃっ! 何でしょうかっ?! 」


「……この怪我は、絶対に傷にさせない

この後、直ぐに医者に見せよう。


それと……私も革手袋は履く、だがそれは

君にも必要な道具の筈だ……必ず、特注品を送る。


鋏《ハサミ》も……良いものを送ると約束しよう。


だが、どちらも少し時間が掛かる……だから

今日のところは、この『特別手当』を受け取ってくれないか?」


……直後、手渡された厚みと“見覚え”のある封筒。


「へっ……?

あ……はい……えっとあの……あ、ありがたく……

頂戴……いたします……」


『期待』と『絶望』の乱高下に目眩《めまい》を起こしつつも

封筒を受け取ると、傷の治療後自室へと戻ったアイナ。


そして――


◆


『ゴオンッ! 』


――約1時間後、自室に戻ったアイナは

ベッド下へとトランクを少々荒く仕舞い込み……


「ハ……ハサミと手袋を貰ったら

今度こそ、出ていってやるんだから。


でも、今日は疲れたし――


――休むんだからぁぁぁぁぁっ!!!」


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!


誕生日をスルーされたアイナの怒りから始まったドタバタ劇ですが、

果たして彼女が無事に辞表を叩きつけられる日は来るのでしょうか……(たぶん遠いです笑)


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