第4話:バラバラの『バラ園』・前編
「……許さない。
絶対に……何があっても
天地がひっくり返ったって許さないんだからッ!」
――翌朝
アイナは自室に置かれた姿見の前で激怒していた。
彼女は前日の“羞恥プレイ”を思い出し、
眉間にシワを寄せつつ――
「いいえ、信じた私が馬鹿だったのよ……今日こそ。
今日こそ……絶対に出て行ってやるんだからッ!」
――パチン、と音を立てて化粧ポーチを閉める。
すでに身支度は完璧だった。
いつもより少しだけ濃いめの、
断固とした決意が込められた“戦拵え”
懐には、何度も出し入れしたせいで
少し端のよれた『退職願』……右手には
ベッドの下から引きずり出したトランクが。
そして――
「……引き止められたって、もう絶対に耳を貸さないんだから。
さようなら、アストラル公爵家。
さようなら……不器用なバカ当主っ!」
――部屋の扉を“傷めない程度に”勢いよく開け
アイナは堂々と執務室へ向かった。
だが――
◆
「レナード様、失礼しますっ! ……って、あれ?」
――ノックさえ忘れ、執務室の扉を開いたアイナ
だが、其処に当主の姿は無く……
「何よ……何処に行ったのよあのバカ当主っ!」
苛立つアイナ……だが、そんな中
屋敷の外からジョセフの悲鳴が聞こえ――
「何? ……何の騒ぎ?」
状況を確認しようと
執務室の窓から外の様子を覗いた瞬間
彼女の目に映った光景は――
……
「ひ、ひぃぃ……お許しくださいだ、当主様ぁぁ……!」
――バラ園の真ん中、
新人庭師ジョセフが地面に膝を突き
泡を吹かんばかりにガタガタと震えている姿だった。
一方、そんな彼の直ぐ傍に立つレナードは
手に『園芸ハサミ』を握り締め
虚ろな眼差しでハサミを振り上げて居て――
……
「ち、ちょっとぉ?!
なっ……何やってんのよあのバカ当主!
ひょっとして猟奇殺人犯なの?!
ヤバい人だったの?!」
――目に映る異様な光景に息を呑んだアイナ。
だが……直後、レナードは
ジョセフ……の真横へと振り下ろしたハサミで
薔薇の枝をザクザクと乱雑に切り始め――
「ひっ?! 人殺し……って。
違う……あれは、剪定?
……には、見えないけど
ひょっとして、薔薇が嫌いなの?……って、だぁぁぁもうっ!
ここから見てるだけじゃ判らないし
どっちにしても『退職願』を叩きつけなきゃ! 」
――直後
決意した様にバラ園へと向かったアイナ。
だが、そこで彼女が目にしたのは
彼女の『想像』とは、
少し、違った状況だった――
◆
「嗚呼、薔薇よ……母よ……済まない。
私が……不甲斐ないばかりに……くッ……」
――なにやらブツブツと呟きながら
魂を削る様な形相でハサミを振るうレナード。
その度に切り落とされていくバラの枝葉……だが
何より問題なのは、彼の白い手袋が
彼の血で真っ赤に染まっていた事だった。
……一方で、ジョセフはこれを“レナードの乱心”と捉え
腰を抜かしガタガタと震え、その所為か
遠くから状況を見つめる他の使用人たちも
誰一人として近づきもしない。
だが、アイナは直ぐに『状況』を見抜き――
(な……何やってんのよバカ当主っ!
薔薇の剪定は『外芽』の少し上で
斜めに切らなきゃ駄目なのに
根本から切っちゃってるし……って。
あ、あれは……アブラムシっ!?
あんなの早く退治しないと他の植物まで全滅じゃないっ!
で、でも……まぁ、自業自得よね。
トゲが刺さった程度、私の悲しみに比べたら……)
――懐に忍ばせた『退職願』を握り締め
今こそ辞意を伝えんと、一歩踏み出した。
瞬間――
「痛ッ……くッ! ……母よ……済まない。
私は……私はッ……」
天を仰ぎ、涙を零したレナードの姿に
彼女の『お人好し』は
“爆発”した――




