第3話:二度目の決意・後編
――『誕生会をお開きに成られます』
その言葉を耳にした瞬間、アイナのテンションは
“爆発”した――
「は、はいっ! すぐに準備しますっ!」
――返事をする声が、思わず裏返る。
そしてアイナは、扉の向こうの足音が消えるのを待ち
小躍りした。
「や……やっぱりよッ!
流石は私の見込んだレナード様ね!
これはきっと――」
アイナは脳内で、完璧なシチュエーションを組み立てる。
「――ホールの扉を開けたら、そこには
正装をしたレナード様が待っていて――
『遅れて済まないアイナ。
悲しい思いをさせたお詫びと言えば無礼だが
少しでも喜んで貰いたくて、特別に
プレゼントを二つ用意したんだ。
嗚呼、アイナ……気に入ってくれると良いのだが』
――な~んて、優しく微笑みつつ
あの“イケメンボイス”で、素敵なプレゼントを
“二つ”手渡してくれるに違いないわ!
良し……そうと決まれば、
う~んっと!おめかししないとねっ♪ 」
――言うや否や、満面の笑みを浮かべ
衣装箪笥を漁り始めたアイナは
お気に入りのリボンを髪に括り
嫌味に成らぬ様、仕事の邪魔に成らぬ様
普段ならば決して身につけないアクセサリを身に着け
そして、ほんの一滴……香水をその身に纏った。
それは、『退職願』を叩きつけるため用意したトランクを
ベッド下へと深く押し込むための『期待』だった。
だが――
◆
「……レナード様~っ♪
皆様~っ♪ お待たせいたしました!
本日の主役、アイナの……って、あれ?」
――ホールの重厚な扉。
元気良く、そして勢いよく開け広げたアイナは
その場で凍りついた。
既に始まっていた誕生日会、主賓の席に座り
レナードから銀の包みを受け取っていたのは――
「……ジョセフ! 誕生日おめでとう!
君はまだ入って数週間だが、庭仕事への熱意が素晴らしい!
植物が生き生きとしているのは
きっと、君の丁寧な仕事振りのお陰だろう!」
「へへっ、有難うございますだ、当主様!」
――数週間前に雇われたばかりの『新人庭師ジョセフ』だった。
ホールの壁には、華やかな装飾と共に
デカデカと文字が躍っている。
【祝! 庭師ジョセフ、誕生日おめでとう!】
「ん? ……おぉ、アイナ! 」
呆然と立ち尽くすアイナに気付き、顔を上げたレナード。
そして彼は、アイナの『装い』に目を向けると
不思議そうに首を傾げ――
「見当たらないからまだ眠っているのかと思っていたが
それにしても、今日はやけにおめかしをしているね?
一体……どうしたんだい? 」
「へっ? ……え、えぇっと……こ、これは……」
――アイナの顔から、急速に血の気が引いていく。
だが、その直後
何かに気がついた様子のレナードは
ポン、と手の平を打ち――
「あぁッ! ……すまないアイナ!
私はなんて酷い事を。
君の“気持ち”に全く気が付かないでいたよ。
アイナ……どうか、愚かな私を許して欲しい」
「っ!? や、やっぱり……レナード様……」
『やっぱり気がついてくれた!
昨日の今日なのに私の誕生日を忘れるはずなんて……!』
――そう、期待をしたアイナ。
だが、次の瞬間……彼女の『期待』は
奈落の底へ叩き落とされる事となる――
「……ジョセフの誕生日を
心からお祝いするため着飾っていたとは!
さすがはアイナだ!
……メイド長が居る前で“して良い発言”かは
甚だ疑問だが、君のその行動は
“筆頭メイド”と呼びたい程に素晴らしい考え方だ。
“新人の誕生日”をそこまで重んじるとは
素晴らしい仲間思いだ!」
「……は?」
「皆!アイナ君を見習うんだ!
これこそ、我がアストラル家が目指す最高の精神だ!
主役を祝うためにここまでするのが
心からの礼儀礼節と言うべきものだよ!
さぁ!……って、私もだが。
皆、一度自室に戻ってアイナ君の様に
最高に『おめかし』して来るんだ!……行くぞ!」
「えっ? いや、ちょっと……あのっ! ……」
――アイナの困惑をよそに
会場はレナードの号令で一気に沸き立った。
「さすが守護天使アイナ様ね!」
「そうだな! 俺たちも着替えなきゃ!」
色めき立った使用人たちが次々と部屋を出ていく中――
「なら、おらも髪の毛さ整えてくるだよ!
アイナさん、ありがとだ~!!」
――『本日の主役』であるジョセフまでもが
満面の笑みを浮かべ、ホールを走り去って行った。
直後……静まり返ったホールに、一人。
気合を入れて編み込んだ髪を揺らし
アイナは……立ち尽くしていた。
「あー……うん」
彼女は、静かに……そして。
深く頷き――
(……この誕生日会が終わったら、出ていこう。
今度こそ……一秒の迷いも無く。
……と言うか、一瞬でも信じた私が馬鹿だったわ!
あの優しそうな顔も“イケボ”も全部
私をこき使うための高度な罠だったのよ!
じゃないと、こんな“羞恥プレイ”
平気な顔で仕掛けてくるはずがないものッ!)
「し、信じた私が……馬鹿だったぁぁぁぁぁっ!」
――アイナの絶叫が無人のホールに虚しく響き渡った。
この後、戻ってきた一同と共に
引きつった笑顔でジョセフに対し
『おめでとう』を言い続けた彼女は
自室に戻るなり、ベッドの下から
トランクを蹴り出した。
◆
「……明日よ。
明日こそ……絶対に
このお屋敷を出て行ってやるんだからっ!」
――アイナの二度目の決意は
怒りの炎と共に赤々と燃え上がるのだった。




