第2話:二度目の決意・前編
「で……出て行こうとは思ってたけど
よく考えたら、あんなに優しい当主様だし
きっ、きっと……何か手違いがあっただけよねっ!」
――翌朝。
自室の鏡に向かい
メイクを仕上げていたアイナは
自分に言い聞かせるように、そう呟いた。
……昨夜、あのボロボロの人形を
愛おしそうに抱えていたレナードの笑顔が
どうしても脳裏に焼き付いて離れない。
「……そうよ、きっとそう!
今日辺り、私の誕生日を忘れていたことに気づいて
慌てて盛大な『遅延分』のお祝いまで
ちゃんと用意してくれてるに違いないわ!」
昨夜もらった『お給金の四分の一』という破格の特別手当は
その前祝い……或いは、彼女を驚かせるための
心憎い演出の序章……この時、アイナは
そう、解釈することにしたらしい。
だが、その一方……そんなアイナの期待を知ってか知らずか
屋敷の外では、何やら妙な噂が立っていた。
◆
「……お前、聞いたか?
メイドのアイナってのが、昨日
『呪いの人形』を浄化したって話」
「ああ、何でもアイナってのが触った瞬間
当主様が触る事さえ恐れていた
あの“呪物”から発せられていた恐ろしい冷気は忽然と消えて
今やあの人形、神々しい光を放っているとかなんとか……」
草木の剪定を行う庭師たちの間で交わされた会話
そんな唯の噂話は、近くを通りかかった
他の使用人たちにも伝播し続けた。
『噂には尾ひれがつく』……その言葉の意味を
最大限、発揮したかのように――
……
「……ねぇ、聞いた?
アイナって言うメイド、実は聖女らしいわよ?
何でも、没落貴族の家柄で……」
――それは
同僚のメイド達に依って広まり――
……
「おい! ソースは後何分だ? ……って。
それより聞いたか? 例の聖女様の話! 」
――それは
同僚のシェフ達に依って更に広まり――
……
「あ~……このトゲは不味いな。
化膿しない様に、ちゃんと獣医に見せねえと……」
「そうだな……って、聞いたかよおめぇ!
あの聖女アイナ様の伝説的な聖なる力の話っ!
……なんでも、メイドってのは仮の姿で
この屋敷に巣食う禍々しい怨念を祓うために雇われた
アストラル家専属の守護天使様なんだとよ! 」
「何だと!? ……なら、この馬のトゲも
その、守護天使様とやらに手を合わせて貰やぁ
自然と抜け落ちて治るんじゃ……」
――それは
同僚の御者達に依って。
彼女の耳を掠める噂話と成った頃
到底、無視できない程の大きさへと肥大化していた。
だが――
◆
「アイナ様は守護天使か……そうなると
これから先、ちょっとした仕事頼むのさえ畏れ多いな」
「バカじゃねえのお前、頼むなよそもそも!」
「だ、だよな……ちょっと気をつけるか……」
――廊下を通り過ぎる同僚たちの囁き声。
この時、もしも本人の耳に届いていたのなら
この噂は、この時点で止まっていたのかも知れない。
だが……彼女は尚も
妄想に夢を膨らませていて……
……
「……って言うか、そうなるとこの“格好”って
お祝いには相応しくないんじゃ……というか、もし
今日、レナード様が――
『アイナ……遅ればせながら、君の誕生日を祝わせて欲しい。
僕の大切なアイナ……嗚呼、美しいアイナ
君が生まれた日を世界の記念日にするべきだッ!』
――とでも言い出しちゃったりしたら
うん……絶対に駄目ね。
そうなったら、お化粧も少し気合を入れて
髪も、もう少し丁寧に編んで……後は
あっ! エプロンドレスも卸したてじゃないと……! 」
膨らみに膨らんだ期待が故か
この後、何時も以上に張り切り完璧に身なりを整えたアイナ。
そして……暫くの後、そんな彼女の期待に応える様に
部屋の板戸を叩く音と共に発せられた執事の声。
その、戸越しに発せられた
アイナに取って待望の『特大ニュース』――
「アイナ、当主様がホールで誕生会をお開きに成られます。
準備が整い次第、急ぎホールに向かいなさい」




