第1話:『呪物』とやめたいメイドさん。
「……嘘つき。
大嘘つきよ、あのバカ……じゃなくて“若”当主っ!」
――地元でも有数の名家、アストラル公爵家。
この屋敷の求人には、
とある“少女”の心を揺さぶる、甘い一文が綴られていた――
『我が家に仕える者は家族も同然……故に
その者が生まれた日を、当主自らが盛大に祝う』
――この日、他より少し安いお給金にも目を瞑り
『大切にされること』を夢見て
アストラル家の門を叩いたメイドのアイナ。
だが……彼女は、今
自室でトランクの蓋を全力で踏みつけていた――
……
「な……んでっ! ……閉まらない……のよっ!!
この状況を……私の置かれた『状況』をっ!!!
皮肉ってるとでも……言うのっ!? 」
――昨日は、彼女の誕生日だった。
朝からソワソワし
『サプライズ』の足音に耳を澄ませ
夜が更けるまで『おめでとう』の一言を待ち続けた。
だが……現実は残酷だった。
回ってきたのは倍の洗濯物と
一週間ほど前に入ったばかりの『庭師』が
高級シャンパンで祝われる、狂乱の音だけだった――
「私は別に、後輩が祝われるのが嫌なんじゃない
ただ、物には順序があるって言いたいだけよッ!!!
……ふぅ。
やっと閉まったわね……さてと。
忘れ物も無いみたいだし――
“大切にされない場所にしがみつく程、落ちぶれてませんから!”
って、あのバカ……じゃなかった。
“若”当主に言ってやるんだからッ! ――」
――サイドテーブルの上に置かれた『退職願』
直後、書き上げたばかりの“それ”を握りしめ
鼻息荒く、足早に当主レナードの執務室へと向かったアイナ。
◆
『ゴン! ゴン! ゴン! ゴン!』
……執務室の扉を揺らす程の強い“殴打”
最早『ノック』とは程遠いその音と共に
返事も待たず、扉を開けた彼女は――
「バ……じゃなかった。と、当主様! 失礼しますっ!
本日は折り入ってお話が……って。
何ですか、それ……」
――言い切らぬうちに彼女の目は釘付けになった。
部屋に入ると、レナード公爵は青ざめた顔で
机の上の『何か』を震える手で押さえていた。
それは……片脚がもげ、眼球が一つ脱落し
長年の汚れにまみれた……見るも無惨な
僅かに禍々しさを感じさせる古びた人形であった。
「ん? ……おぉ、アイナ!
丁度いいところに来てくれた……!
済まないが、此処を少しだけ押さえていてくれないか? 」
「は、はぁ……良いですけど……」
当主の必死な形相に気の抜けたアイナ
一方のレナード公爵は、尚も必死に針仕事を続けていた。
だが……慣れない彼の仕事振りは
アイナの目には、あまりにもあやうく映って――
(こんなボロボロの人形……この人
仮にも、名家との呼び声高いアストラル家の当主よね?
人形なんていくらでも買い替えられ……って。
……考えてる間に三回も指刺しちゃってるじゃないっ!! )
「痛ッ……! さあ、次こそは……」
――尚も震える手で
四回目の『自爆』を試みようとするレナード。
それは最早、脚を縫い付けているのか
“自分の指を人形に縫い付けようとしているのか”
その判別さえ、つかないほどだった。
(あ゛ぁ~もうっイライラする!
そんな太い針で、そんな角度から刺したら
“直しました感”満載でしょっ?! ……っていうか
良い加減、見てるこっちの心臓が持たないわね。
あ゛~っ! もうっ! ――)
この時、既にアイナの脳内からは
『退職願』の事など完全に消し飛んでいた――
「バッ……若様っ!それ、貸して下さいっ!」
「えっ? あ、アイナ……?」
「いいから! ……ほら、そこを持っててください!
そのまま、動かさないで……糸は、もっとこう。
優しく丁寧に、細かく……針はこっちの細いものを使って
糸も……此処から先は、こっちの方が
生地の色に馴染みますから……」
――これがレナードへの説教なのか、教育なのかは兎も角
彼女は『最後のお手伝い』として、手際よく綿を詰め
針仕事が絶望的に不器用な主人のため
縫うべき箇所をピンで固定し、精一杯の道筋を作ってやった。
それは、彼の懸命さが故の傷跡を無視しない為。
彼が自ら続きを縫うにせよ、彼女に任せるにせよ
どの様な形に落ち着くのであれ
彼女の仕事に対する矜持は、辞めるその瞬間まで輝いていた。
……一方。
問う様に差し出された人形を受け取ったレナードは
アイナが整えた『道』をなぞるように
一針一針、魂を削るような形相で脚を縫い付け
はたと思い出したように、フッと顔を上げ――
……
「……有難う。
お陰でしっかりと治せそうだ……心から感謝するよ、アイナ」
――暫くの後
人形の“怪我”を縫い終えたレナードは
満面の笑みを浮かべつつ感謝を告げた。
そんな彼の様子に、アイナは素朴な疑問を口にする。
「え、ええ……ですがその、レナード様。
失礼ながら、あなた様程の名士であれば
人形など幾らでも新しい品を……」
「ああ……唯の人形ならばそうかも知れない。
だが、この人形は……亡き母に貰った
世界にたった一つの品なのだよ。
……不器用な私が触れるたび
想い出さえも壊れていくようで
ずっと、触ることさえ怖かった。
だが……君のおかげで、やっと“治せた”んだ」
その言葉を聞き終えた時
アイナは当主に対し深々と頭を下げた。
「出過ぎた事を……申し訳、御座いませんでした」
「……感謝こそしても、怒ってなど居ないよ。
さて、私の用事はこれで終わったが……アイナ
君も何か、私に用事があったのでは無いのかね?
というか……その“大荷物”は、一体……」
当主の問いに、トランクを脇に押し退け
『退職願』を更に深く懐へと忍ばせたアイナ。
この瞬間、母の形見を
愛おしそうに撫でて居たレナードを前に
彼女の『お人好し』は……“爆発”した。
「へっ? ……あっ! いえ! これは、その……そう!
私のお部屋がただいま、絶賛“大掃除中”でして!
じ、邪魔になりそうな物を全て
こうして持ち歩いているのです!」
「……ほう、そうだったのか。
それは悪い時に呼び止めてしまった……
……アイナ、そのお詫びと言っては何だが。
何処にあったかな……ああ、これだ。
“これ”を……受け取って貰えるだろうか?」
――直後、レナードから差し出された封筒。
中には、お給金の四分の一に相当する
厚みのある『特別手当』が入っていた。
「レ、レナード様?! これは一体……」
「そうだな……“特別手当”と言う事にしておいてくれ。
それは、無理やり呼び止めたお詫びと
私の想い出を護ってくれたお礼だ。
それと――」
レナードは少し照れくさそうに
悪戯っぽく微笑み――
「――この人形と格闘し、半泣きになっていた私の事。
その一切を口外させない為の『口止め料』でもある。
アイナ……分かるね?」
「ひ、ひゃい!! 決して口外致しませんッ!」
「ふふっ……半分は冗談だが
これでも当主だ、あまり笑い者にしないでくれると助かる。
……さて、そろそろ部屋も片付いている頃だろう。
一度、戻って休むといい……もし、誰かに怒られたら
“当主に言われた”といえば良いから」
「は、はい……では、失礼します……」
……直後、アイナはそそくさと執務室を後にした。
そして、自室に戻りベッドに倒れ込む――
◆
「……き、今日はもう遅いし(まだお昼だけど)
今日の所は出て行かない。
でも……お人形を直した……じゃなかった。
"治した”後のレナード様
ちょっとだけ……本当にちょっとだけ。
可愛かった、かも……」
――大きなため息を吐いた後
アイナはブンブンと首を振って自分を叱咤した。
「って……駄目よ、アイナ!
だからって私の誕生日をスルーした大罪は
まだ、少しも消えていないんだからっ!
今年の分と『遅延分』を合わせた盛大なお祝いと
『ごめんなさい』を貰うまで、絶対に許さないんだからっ! 」
トランクを枕元に置き、彼女は再び
固い? ……決意を胸に眠りにつくのだった。
「明日よ、明日こそ……絶対に
このお屋敷を出て行ってやるんだ……からっ……」
第一話をお読みいただき、ありがとうございます。
※本作はカクヨムにて掲載中の作品を
小説家になろうにも掲載しているものです。
本文内容はカクヨム掲載版と同一です。
完結保証作品ですので
最後まで、安心してお読みいただけます。
本日は初回掲載日ですので、一気に5話掲載致しますッ!
22:10に5話まで掲載されますッ!
その後は、毎日【12:10】と【20:10】の1日2話更新で
最終話までお届け致しますッ!
途中で更新が止まる心配はありませんので
ぜひ最後までお付き合いいただけますと嬉しいです。




