第58話:『仮面』
……重苦しい空気の中。
クラウスは、再び口を開き――
「まぁ、兎に角……そういう事ですので。
アイナちゃ……おっと、失礼。
白の継承者候補、アイナ・リーネル。
貴女には、これより幾つか質問にお答え頂きます。
尚、これは王都側からの正式な問いですので
レナード公爵殿を含め。
『不要な口添え』は、お控え頂きたい」
――舐める様にレナードらを見回しながらそう言った。
「わ、分かりました……お答え、します……」
「宜しい……では、質問です。
アイナ・リーネル……貴女は、
ご自身を――
『白の聖女』
或いは――
『守護天使』
または――
『白の継承者候補』
――と、名乗った事がありますか?」
「じ、自分からは……ありません」
「ほう……では、それらの呼称を否定しましたか?」
「は、はい……でも……」
「おっと、質問には全て
『はい』か『いいえ』でお答えいただければ結構です。
それで……どの程度、否定されたのですか?
って……この質問には
『はい』か『いいえ』では答えられませんねぇ?
ですので……ご自由にお答えくださって結構ですよ?」
「そ、その……私がちゃんと否定しなかった事が、
結果として皆様にご迷惑をおかけした事は事実ですし……」
「そうですか、では更にお尋ねします。
何故……否定なさらなかったのですか?」
「ひ、否定はッ!……しました。
『私は、唯のメイドです』……と」
「成程……それは複数回ですか?」
「は、はい……」
「成程……では、周りが貴女を担ぎ上げたと。
貴女を利用しようとしたと言う事ですか?」
「ち、違いますッ!そんな意味では!……」
「質問には『はい』か『いいえ』で。
とお伝えしたはずですが……まぁ、良いでしょう。
……答えやすいように噛み砕きます。
どちらです?――
『屋敷ぐるみで貴女を神格化した』のか
『貴女自身の否定が足りなかった』のか」
「わ、私は……」
『真正面に受け取るな』
――レナードの言葉が、アイナの中で震えた。
だが……クラウスの言葉は、あまりに鋭く。
彼女の護りたい存在を踏み躙って居た――
「……私の否定が……足りませんでした……ッ」
「成程……では、貴女に責任があると?」
「そこまでだ、クラウス」
強く発せられたレナードの言葉。
だが――
「……黙れと言ったはずだ、レナード・アストラル公爵。
王都に刃を向けるつもりか?
『決闘』程度では済まされんぞ?」
「構わん、刺し違える覚悟は在る」
――それは、明らかに
公爵家当主としての矜持だけでは無かった。
だが、そんなレナードの決意を遮る様に
アイナは、続けた――
「……私が、悪いんです。
ですから……王都側の望む形で構いません。
どうか、審査を受けさせて下さい……お願いします」
――立ち上がり、エプロンドレスの裾を握り締め
精一杯振り絞り、そう言ったアイナ。
直後、応接室に訪れた幾ばくかの静寂。
そして――
……
「良いでしょう、自身の責任であるとお認めに成られた。
その『素直さ』に免じ、問題は出来る限り早期に、
且つ……完璧な形で、幕引きが行える様に致しましょう。
『白の継承者候補』……その呼び名に相応しい試験の場として。
私は……いえ、王都の代理人である私は――
【アイゼンドルフ伯爵家】での試験を要求します」
「アイゼンドルフ、だと……?」
誰よりも先に反応したのは、レナードだった。
その声は、怒りよりも低く……そして、僅かに重かった。
「エーレンベルク卿」
続くセシリアの声は
明確に鋭さを帯びて居て――
「……その家は、審査先として適切ではありません」
「いいえ?最も適切ですとも……アイナ・リーネルの白が
本物であるかを測るには『鉄』ほど分かりやすい場所もない。
……と、言いますか。
貴女がこれを拒絶するのは余りに『不自然』です。
これは、アイナ・リーネルが
伝説に相応しい存在か否かを見極める為の試験です。
『白の継承者』……その名の『由来』であり
唯一の『前例』である、貴女が拒絶してしまっては。
名を譲る事は疎か
その拒絶こそが、アイナ・リーネルを認めない。
そう言っているに等しいのですから……ねぇ?
『黒の裁定人』――いいえ。
『白の継承者』――セシリア・ヴァレンティアさん?」
……応接室の空気が、再び凍った。
レナードは目を細め、セシリアは沈黙し
ジョセフでさえ、言葉を失って居た。
そして――
「セシリア様が、白の……継承者……?」
――掠れるように、小さく呟いたアイナ。
この瞬間、彼女に理解出来た事は唯一つ。
それは……眼前に佇む漆黒の女性が
人知れず“純白”を背負って居たと言う事実だけだった――




