第54話:『適材適所』
『マズい』
アイナの発したその一言に依り、場の空気は凍りついた。
……伯爵家令嬢であり、王都の名家。
『リディア・フォン・エルムローゼ』の持ち寄った茶葉を
こともあろうに、そう称したのだから。
だが、遅れてこのカップに口をつけたリディアは
そんなアイナの発言に怒る事無く、寧ろ
何処か嬉しげでさえあって――
……
「……流石は、白の継承者候補アイナちゃん様ですわね。
恐らく、答えはもう理解していらっしゃる筈。
セーヌ……じゃなかった。
“せーの”で一斉に答えを言いますわよ!
せーのっ!――」
「「ダージリン」」
……この瞬間、二人の声は見事なほどに揃った。
この後、リディアは目隠しを外し――
「……理由はなんとなく理解しておりますけれど
一応、お尋ねしてもよろしくて?」
「えっと……美味しくなかったっていうのは
味が薄くて……香りも、ミルク臭く感じちゃって。
リディアさんの説明から想像する限り――
『シャンパンにミルクを入れたら
こうなるんだろうなぁ』
――って思ったと言いますか、なので
私の趣味に合わせて頂いたせいで
折角の高級な茶葉を無駄にしちゃったなぁって……
その、すみません……」
「……謝ることは無いですわ?
其処まで正確に判断してもらえたなら
茶葉もきっと幸せですわ?
因みに……この様な状態のティーを
捨てずにちゃんと飲んであげる為には
先程の二種類と少し混ぜてあげると
違和感が取れて、美味しく飲めるのですわ?
所謂『ブレンドティー』と言うものですわね!」
「そ、そんな方法が……勉強になりますっ!」
「とっ、とんでも無いですわっ?!
兎に角っ!……この勝負は引き分けですわね!」
「えっ?でも、私は最初のアールグレイを……」
「いいえ?当ててましたわ?
唯、銘柄が判らないから訊いた。
……それだけの話でしたわ?
そもそも、柑橘を当てられた時点で
キームンではないですもの。
それよりも!……次の勝負ですわっ♪」
「何でそんなに楽しそうなんですか……って。
嗚呼、遊びでしたよね……」
……ともあれ。
次にリディアが提案した勝負は――
「……次が本命ですわっ!
題してっ!――
“淑女なら知っていて当然?!
社交界に轟く噂対決ぅ!”
――ですわ♪」
「いや、無理ですけど」
「第一問っ!
王都新聞が先日報じた“狐の狩猟は合法?違法?”
その判断結果は?!」
「知りません」
「第二問っ!
エーレンベルク家の晩餐会で
夫人方の間に広まった噂とは!」
「知りたくもありません」
「第三問っ!」
「負けでいいですッ!」
――結果は、アイナの惨敗だった。
「噂には疎いのですわね!
アイナちゃん様の意外な弱点でしたわね♪
さて、次が最後の勝負ですわ!」
「嗚呼……やっと終わるんですね」
「……何で疲れてるんですの?!
と言いますか、これが本命の勝負ですわっ!
……白の継承者候補として、アイナちゃん様が
本当に適切かどうか、見極めさせて貰いますわっ!――」
そう言って大きなトランクボックスを勢い良く開いたリディア。
その中から現れたのは――
……
「白い、布?……な、何ですか?これ」
「オッホッホ!……面食らった様ですわね♪
これは、白の継承者に伝わる伝説の再現っ!――
“真実の白を見分ける目は継承者にのみ宿るッ!
絶対の白対決!”
――ですわッ!」
自信満々にそう言ったリディア。
その背後では、クラリスが喇叭を吹いていた。
統一感が……無かった。
「どうせなら尺八が良かったですだ」
「どっちも不要ですけどもぉッ?!
……って、リディアさん。
この対決って何をするんですか?」
「良くぞ訊いてくれましたわね!アイナちゃん様っ!
この対決は、此処に並んだ白い布たちの中から
絶対の白と呼ぶべき、至高の白を選ぶのですわ!
例えば……この様に
数字が縫い付けられてありますでしょう?
……一枚ずつでも、パッと見てでも、
方法は自由ですけれど、正解の白を選べる事が
伝説の再現に成るのですわっ♪」
リディアは目を輝かせながらそう言った。
だが――
「で、でも……状況に依って使うべき白は違いますし
絶対の白なんて……」
――アイナは、この勝負方法に懐疑的だった。
『物事には、適材適所が存在する』
そう、考えていたから……だが。
リディアは、そんなアイナを
待ってはくれなかった――
「迷うのも自由ですわ♪
では、わたくしから選びますわねっ♪
……この白は、舞踏会の会場に映える白ですわね
此方のは……メイド服みたいですわね。
此処らへんは……生成りですわね、排除ですわ!」
――“絶対の白”を探し当てようと、
目を皿の様にして、白布をかき分けていたリディア。
一方のアイナは、尚も
心、此処にあらずと言った様子で――
――
『――大丈夫ですか?』
新雪のような純白のエプロン……純白のメイド。
制服が泥に触れることさえ、
微塵も躊躇わず
『もう、汚いから……食べられないっ……うぅっ……』
泣きながらそう溢したアイナに
『いいえ……汚れは表面にあるだけ。
中にある“真心”までは届いておりませんよ?』
そう言って、泥に塗れたパンを切り取り
白いハンカチで丁寧に包み直し
アイナの手にそっと握らせ
『ありがとう』さえ求めず……泥一つ。
染み一つさえ付けず、雨の中に消えていった
あの、白は――
――
(あの白って……本当に綺麗だったのかな?
雨の中で……泥に塗れた私に
そっと手を差し伸べてくれたあの人の白は。
……あの人は、汚れない白だっただろうか?
ううん……そんな訳は無い。
でも――)
「アイナちゃん様? ……どうされたのですか?
わたくしはもう選びましたわよ?」
「……私、選べません」
「な……何を言ってるんですの?!
って、まさか……わたくしの選んだ布が良かったんですの?」
「いいえ……確かに、その布はとても綺麗です。
光沢があって……多分、真新しくて。
ノリどころか、ロウさえ落ちて居ない。
とても、高級なものだと思います……でも。
私には……この場にあるどの白布も。
“真実の白”には思えないんです。
だから――」
――そう言うや否や。
アイナは懐に手を突っ込んだ――
「や、止めるのですわ!?はしたないっ!
絶対の白ってそういう意味ではありませんのよっ?!――」
……
「――って。
な、なんですの?……それ」
「これは、私の大切な“原初の白”なんです」
――アイナの懐から取り出されたのは
一枚の『白いハンカチ』だった。
何度も洗われ、少し古びたそれは
アイナの中にある『絶対の白』だった――
「……私が、メイドさんになりたい。
メイドさんってカッコイイ……そう思えた
切っ掛けであり、憧れの白なんです。
だから……私には、どんな白よりもこの色が絶対なんです。
たとえ、この選択で私が負けるのだとしても……って。
リ……リディアさん?!」
――リディアの異変に気づき
突如として狼狽えたアイナ。
理由は明白だった――
「す……素敵な話ですわぁぁぁぁぁっ!!!
わたくしの負けっ!……ええっ!
清々しい位に負けましたわぁぁぁっ!!!」
――『感涙に咽ぶ』
どころでは無い、その姿に
アイナは狼狽え、そして――
「って事は一勝一敗一引き分けですだ」
――なんとも冷静なジョセフに依って
長きに渡った三本勝負は終わりを迎えたのだった。
……
「うぅっ……アイナちゃん様に、うぅっ!
泣かされっ……ましたわっ……ぐすんっ」
「す、すみませんそんなつもりでは……!!」
「でも……本当に、素敵な白ですわね」
「……へっ?」
「わたくし、白色って華やかなだけの色だと思ってましたの。
でも……其処に至るまでの過程も含めて白、なのですわね。
『白の継承者』……それの意味するところを、
わたくしは、まだ理解出来ていなかった様ですわね。
『白の聖女』……アイナちゃん様がそう呼ばれる理由。
わたくし、今日の勝負で確りと理解いたしましたわ!
……ですが、このままでは不完全燃焼ですわ。
ですからっ!!――
――わたくしっ!
これからも、定期的に勝負しに来ますわねッ♪」
「な゛ッ……止めて下さるかしらァァァァァッ?!!」
この日、謎に習得してしまった“お嬢様語”とともに
アイナは初めて、仕事以外で
疲労困憊と成ったのであった――




