第53話:『傍迷惑』
応接室に響き渡ったアイナの絶叫。
突如として強制的に執り行われる事と成った『対決』に
アイナが一層辟易として居た頃。
そんな事はお構いなしとばかりに
『ルール説明』を始めたリディア。
……今日も今日とて、アストラル家の一日は
とっても騒がしく幕を開ける事と成った。
わけ、なのだが――
……
「……早速、ルール説明ですわ!
この勝負は、アストラル家筆頭メイド。
『白の継承者候補:アイナ・リーネル』さんと、わたくし。
リディア・フォン・エルムローゼとの一騎打ちですわっ!
題してッ!――
アストラル公爵家に相応しいのは誰だ!?
花嫁修業対決ッ!
――ですわっ♪」
言い終えるや否や、扇子を構え、
『決めポーズ』を取ったリディア。
その背後では、側付きのクラリスが太鼓と笛を鳴らしていた。
そして、それらは何故か……和楽器だった。
「雅な音ですだ……」
「其処ォッ!感心しないッ!」
……謎の方向へと進み始めた状況。
だが、そんな中レナードだけは冷静だった。
「……リディア嬢、君の希望は理解した。
だが、その前に……アイナ。
君はどうしたい?――
『相手は令嬢』『礼儀』『立場』
――それらを全て、排除して答えろ」
「レ、レナード様……わ、私は……」
どれほどレナードが気遣おうとも
アイナの中には、消えない心苦しさがあった。
『自分のせいで迷惑を掛けている』
その、どうしようも無い思いだけが
一切弱まる事無く、彼女自身を責め立て続けた。
だが、彼女は決意した――
「……これ以上、妙な噂が広がって
レナード様やお屋敷にご迷惑をお掛けするくらいなら。
私は、メイドとして……この家を去ります」
――その決意は『勝負を受ける事』では無かった。
だが、この決意に異議申し立てたのは
レナードでもジョセフでも無く――
「なッ!?……そうはさせませんわッ!」
リディアだった。
彼女は続けて――
「そんな逃げは赦しませんわ!
と、言いますか……私のせいでアストラル家に
ご迷惑をお掛けするのは断じて違いますわっ!
わ、わたくしは……遊びに来ただけですわッ!」
――そう言って、誰の目にも明らかな
『動揺』と『取り繕い』を見せた。
そんな中、ジョセフはニッコリと笑みを浮かべ――
「それなら、アイナ様は勝負を受けるべきだな?」
「何でよッ!?」
「伯爵家ご令嬢が『遊び』に来たなら、
可能な限り饗すのがメイドの役目だ」
「そ、それは……そう……だけど……って、もうっ!
分かったわよッ!……そ、そういう事ですので。
その勝負……お引き受け致し……ます……っ」
……驚くほど乗り気ではないアイナ。
だが、リディアは胸を撫で下ろしていて――
「……よ、良かったですわ!
寝ずに準備した甲斐がありましたわねっ!
さぁ、クラリスっ!……一つ目の準備をっ!」
――そう言って、
少なくとも『一勝負では終わらない』事を
アストラル家の者たち全員に理解させるような
爆弾発言を繰り出したリディア。
直後、クラリスに依って整えられた
競技の種目、それは――
……
「では、第一の勝負っ!――
“淑女たるもの、お茶の見極めは出来て当然っ!
紅茶葉、銘柄当てクイズ!”
――ですわっ♪」
『茶葉の銘柄当て』という
一見すれば単純なものであった。
だが――
「……一種目目から厳しいですね。
私、紅茶は紅茶って事しか判らないんですけど……
何ていうか、ミルクティーにしないと飲めませんし……」
「言い訳は無しですわっ!……でしたら、全ての茶葉に
『ミルクとお砂糖』を入れれば済む話ですわっ!
さぁ、勝負の準備はよろしくて?
アイナちゃ……さんっ!」
「ちゃん付けでも良いですけど……って、兎に角。
アストラル家の家名に傷を付けないように頑張ります」
……やはり、何処か乗り気では無かったアイナ。
そんな中、リディアは目隠しを付け始め――
「……では、公平を期す為に両者とも目隠しですわっ!
って……アイナさんっ?何処に居るのですの?!
お返事為さってっ!……見えないの怖いですわっ!」
「いや、隣ですけど……」
……ともあれ。
この後、両者の前に並べられた三つのティーカップ。
それぞれに同じだけの砂糖とミルクが加えられ、
確りとかき混ぜられた。
……リディアにはクラリスが、アイナにはジョセフが。
それぞれの手元へとカップを運ぶ。
だが――
……
「此方は、アールグレイ……ですわね」
――口すら付けない段階でリディアはそう判別した。
そして……遅れること僅か。
アイナは――
「こ、紅茶らしい紅茶です……美味しいです」
「味の感想じゃなくて銘柄を言うのですわ!
アールグレイ、ダージリン、セイロン、
ウバ、アッサム、キームン。
……持ってきた茶葉はこれだけですわ!
どれかを当てるのが今回のルールですわ!!
ご理解頂けまして?!アイナちゃん様っ!」
「は、はい……柑橘っぽい香りがしますけど、
その場合って、どれなんですかね……?」
「それはアールグレイですわ!……全くっ!
ハッ?!……答えを聞き出すなんて、インチキですわっ!」
「き、聞き出してはいませんけど……その
勝負の途中に、お聞きするのは駄目なのでしょうが
それぞれの特徴だけでも教えて頂けると……」
「……し、仕方ありませんわね。
では、説明しますわ!――
……今お飲みになった『アールグレイ』は
アイナちゃん様が仰った様に“柑橘”
つまり、ベルガモットの芳香が付けられているのですわ。
次に、ダージリン……これは、紅茶界のシャンパンですわ。
ミルクを入れて飲むなんて以ての外。
そのまま楽しむべき繊細な味と芳醇な香りが特徴ですの。
セイロンとアッサムは少し似ていて
どちらも、ミルクティーとして用いられることの多い銘柄で
ウバは、少しスーッとした
ミントのような清涼感を持っていますの。
これもミルクティーにしても違和感はない品種ですわね。
残るキームンですけれど……少し、特徴的で
燻したような匂いがする茶葉ですわね。
花で言うなら蘭に似ている感じですわ♪」
「……凄くわかりやすい。
丁寧に教えてくださって有難うございます」
「とっ、とんでもございませんわっ!
とっ、兎に角!……次の勝負ですわっ!」
……続いて差し出されたカップ
両者、香りでの判別は付かず――
……
「どちらでしょう……難しいですわ」
――わずかに悩むリディア。
そんな中、アイナは意を決したように銘柄を指定した。
「確か、朝に頂いた茶葉の缶には……そ、そうですっ!
アッサム!……」
……正解であった。
一方のリディアは――
「そうですわね……セイロンほどスッキリとはせず
アッサム特有の、渋みの少ない濃厚なコク。
……アイナちゃん様、流石ですわっ!」
「い、いえ……リディア様の説明のお陰です。
あと、ミルクティーらしいミルクティーでしたので……」
「けっ……謙遜は嫌味ですわっ!
ですが、まだ一勝一敗ですわ……クラリス、次のカップをっ!」
……僅かに頬を赤らめながらそう言ったリディア。
一方のアイナは、手渡されたカップに口をつけた瞬間。
驚きの一言を口にした――
「うぅ……マズいです」
――直後、場の空気は恐ろしいほどに凍った。




