第51話:『私のために争わないで』
――“王都の記者団が嘔吐寸前事件”から一週間と少し後の事。
アイナの手元には、家政管理院から送られた
正式なメイドとしての認定書が届いていた。
……
「喜ぶ……べきなのよね」
自室の姿見の前、アイナは
あまり、嬉しそうではなかった。
無論、アストラル家のメイドとして
正式に認められた事実には喜んでいた。
いた、のだが――
「……でも、やっぱり。
私、駄目だなぁっ……」
――彼女の頭の中で渦巻く様々な感情。
それらを全て一度横に置いた時、
彼女の中で強く輝くのは
メイドとしての『矜持』だった――
『屋敷を保ち、主にとって、
過ごしやすく良い環境を整える』
――そんな『基本』を
根底から崩しかねないこの所の騒ぎは
彼女の矜持を、尽く踏み躙っていた。
「冗談みたいに屋敷の皆に言われるのは
もう、慣れたけど……でも、それが冗談の範囲を越えて
レナード様に迷惑をかけ始めて居るのなら
私は、此処に居るべきじゃ……」
簡単には解決の出来ない問題に頭を悩ませつつ
部屋を出たアイナ……だが。
朝食を終え、洗濯場でいつもの様に
“青み付け”を行おうとして居た彼女に対し
飛び込んで来た、謎の“状況”――
……
「右に!左に!……大変ですだぁぁぁッ!!!」
「上下じゃなくてよかったわねぇぇぇッ!!
って……どうしたの?ジョセフ」
「そ、それが……王都伯爵家のご令嬢が――
『アイナ様とレナード様との婚約について確認を』
――とか言って
正門前までお付きの者と一緒に現れただよ!」
「な゛ッ……何でそんな話になってるんですかッ?!」
「……おらも知らねえだよ!
何を聞いても――
『アイナ様にお目通りを』
――の一点張りで、此方の話を聞いてくれねえだ!
断るにしても、顔だけでも出して欲しいだよ~」
「う゛ッ……またレナード様に迷惑を……」
「良いから早く行くだよ~」
「あぁっ、ちょっとぉッ!!……」
直後、拒否する暇も無く
ジョセフに腕を引かれたアイナは
ご令嬢の待つ正門前へと急ぎ向かった。
の、だが――
……
「……でたわねっ!白の聖女ッ!
あ、或いは守護天使アイナッ!
……って。ほ、本当に天使じゃないわよね?
本当に天使様だったら、わたくし、
ちゃんと、お祈りを捧げないと……」
「リディア様っ!相手は人間でございますッ!
恐らくは自称でございます故ッ!」
――ご覧の有様である。
「自称ちゃうわぁぁぁッ!!……って。
凄い荷物ですね……あ、あの。
本日は、一体どの様なご要件で……」
“遭遇早々”に辟易としたアイナは
直ぐにメイドらしい応対へと意識を切り替えた。
だが――
「ご丁寧に、どうも……ですわっ!」
――“リディア”は、そう言って
丁寧に膝折礼をしたかと思うと――
「……わたくしは、王都中央伯爵家エルムローゼ長女。
リディア・フォン・エルムローゼですわ。
貴女が噂のアイナ・リーネル……」
其処まで言いかけ、明らかに途中で静止した。
そして――
「リーネル、何さんですの?!」
「え?……アイナ・リーネルですけど?」
「なっ?!……そんな訳ありませんわ?!
“聖女”とか“天使”って呼ばれてるのですから
絶対にもっと名前が長いはずですわ!
か、隠すなんて……失礼ですわっ!」
「隠してませんッ! ……って言うか平民ですし
そもそも、聖女でも天使でもありませんからッ!
って言うか! ……何のご要件ですか?!」
「そうでしたわっ!わたくし、危うく
煙に巻かれてしまうところでしたわ!
流石は聖女であり天使……やりますわねッ!」
「何もしてませんけどぉッ?!」
「兎に角ッ!アイナ・リーネル……さん。
貴女には、どうしてもお尋ねしなければ
ならない事があるのですわっ!」
そう言うと、ガサゴソとあちこちを探し
一枚のメモを取り出したリディアは――
「まず、最初に――
・夜会でのレナード様独占事件について。
次に――
・レナード様と朝食を共に為さっている件。
その次に――
・昼食も共に為さっている件。
更に――
・お夜食までご一緒に為さっている件。
そして、最後に――」
そう言いかけ、頬を赤らめたリディアは
意を決したように息を吸い込み――
「てててっ……手を繋ぎっ!
みみみっ……見つめ合いぃっ!
愛をちちちっ……誓いあったとの情報が
多数、寄せられておりますわっ!」
「な゛ッ……食事は兎も角として、
どこ情報なんですかそれぇッ!!」
「殆ど王都新聞ですわ!」
「情報の偏りぃッ!!!」
「情報源はそれだけではありませんわ!
あの、黒崎……じゃないですわね。
黒き……黒の魔女……でも無いですわね。
……なんでしたかしら?」
「リディアお嬢様、恐らくは――
『黒衣の裁定人』
【セシリア・ヴァレンティア】
……でございます」
「そう、それよクラリス!……その
『バレンタインデー』さんが直々に、
貴女宛てに正式な認定証を送った、と言うのですから。
間違いなく……貴女はただ者ではありませんわっ!
白の聖女アイナ・リーネルっ!」
『決まったッ!』……とでも言わんばかりの表情を浮かべ。
『ビシィッ!』……と言う効果音を付けるべき姿で。
力強くアイナを指差したリディア。
……この後、リディアの狙いとは違う意味で
言葉を失っていたアイナは――
……
「あ……あの……それらの件を私に尋ねるのが
今回の訪問の理由……と、言うことで
よろしいの……でしょうか……」
――恐ろしいほどに、辟易としていた。
だが、アイナは知らなかった……これが
リディアとの邂逅。
その……始まりに過ぎなかったことを。




