第50話:『過ぎたるは及ばざるが如し』
――生け垣が揺れ、紙袋を落とす音が響いた。
直後、石畳へと散乱した焼き菓子。
それは――
『アストラル家の紋章入り紙袋』だった。
……
「「「「「あっ……」」」」」
「ねぇ、ジョセフ……どうしたら良いかしら?」
「あぁ、此れは立派な不法侵入だ。
鍬でぶっ叩いても問題はねぇだよ?……」
「「「「「待て待て待ってくれ!」」」」」
記者たちは血の気が引いたように慄き
尻もちをついて命乞いをした、だが。
同時に……厚顔無恥でもあった。
「し、しかし……っ!
そちらの庭師さんは今、確かに仰った!――
『レナード様の大切な存在を護る力』
――と!
つ、つまり……我々の見立ては間違っていなかった!
アストラル公爵家が誇る筆頭メイド
『白の聖女』アイナ・リーネル殿は
アストラル家にとって最重要人物であり、
白の継承者候補として、手厚く厳重に。
ひ、密かに保護されている……!
……そ、そういう事でよろしいですねっ!?」
冷や汗を垂らしながらも
不必要に取材魂を燃やしていた記者。
だが……どれほど否定した所で、
彼らの目と耳とペンは、それを事実とは認めない。
……この後も、圧倒的に苦しい状況に在りながら
尚もペンを走らせ、妄想と呼ぶにも烏滸がましい
誇張を書き連ねた記者たち。
だが……そんな状況も
長くは、続かなかった――
「……もう、止めて下さいっ!
私たちは唯のメイドと、唯の庭師ですっ!
これ以上、アストラル公爵家に迷惑を掛ける様な!……」
「で、でましたっ!でましたよ皆さんッ!!
早く書くのですッ!!!記すのですッ!!!!
――『守護天使アイナ!
自らを卑下し!家名を護らんと身を挺す!』
これは良いネタになりますぞぉぉぉっ!!!」
「止めなさいよぉぉぉッ!!!」
「おぉ!更に増えましたぞ!!――
『勇ましい鬨の声!
純白の天使アイナ!堂々たる精霊の歌声ッ!
その声は、万物を癒すッ!』
――これは、伝説級の売上に!……って。
ヒィッッ――!? 」
『シャンッ』
澄んだ金属音……バラ園の空気を切り裂き
記者の鼻先へと差し向けられた白銀の剣。
それは、レナードの手に握られたものだった――
「“お引き取り願おう”……そう言った筈だ」
「そ、それは……」
「本来なら、招いていない客は切り捨てても構わない。
ましてや、公爵家の敷地内を彷徨き
公爵家の使用人たちを嘲笑うかのような記事を
売り物にする様な輩など、尚の事だ……
……そうまでして、金が欲しいのか?」
「わ、我々は決して嘲笑ってなど!
聖女と呼ばれ、あのセシリア特級監査官の
“お墨付き”までと成れば、騒がれないほうが不自然です!」
「まだ言うか……良いだろう。
……尚も続けると言うのなら
公爵家当主として、粛々と訴えを出すだけだ。
貴様ら王都の暇つぶしに付き合うほど、公爵家とは、
暇でも無ければ、弱くも――ないのだぞ?」
瞬間――レナードの剣が、音も無く走った。
だが、両断されたのは記者では無かった。
それは、石畳に落ちていた、
アストラル家の紋章入りの菓子袋だった。
一方……その、隙の無い動きに、
記者たちは漸く筆を止めた。
そして――
「社名もその体も……首の繋がる内に帰ると良い」
――静かに、鞘へと剣を納めたレナード。
直後、慌てて逃げ去る記者たちを
その影が見えなくなるまで見つめ続けていた。
……
「あ、あの……レナード様……」
「……済まなかったな、アイナ。
私の配慮が不充分だった、そして……
……ジョセフ。良く堪えてくれた」
「何を仰いますだか!とんでもねぇだよ!
おら、思わず鍬でぶっ叩くところだっただよ?」
「それは……ふっ、痛いだろうな」
「あ……あのっ!!!
レナード様……ありがとう、ございましたっ。
それから……申し訳、ありませんでした」
「ん?……何がだ?アイナ」
「い、いえ!だって私のせいで要らぬ騒ぎが!……」
「さっきも言ったはずだが、君が案ずる必要は無い。
私は……唯、苛立ちを彼らに向けただけだ。
母のバラ園に土足で踏み入るような不届き者など
本当なら……だが、母にその様な私の姿を見せたくはない。
ジョセフ、そしてアイナ……君たち二人にも。
そういう意味では……私は少し、甘いのかも知れんな。
さて……少なくとも、此れで暫くは面倒事も訪れないだろう。
二人とも、ご苦労だった……
……一度、屋敷に戻るとしようか」
「剣を腰に提げて言われると断れねぇだな」
「ふっ、私などまだまださ……さぁ、アイナ。行こう」
「は、はい……」
……この日、この瞬間。
アイナは、怯えていた……とは言え、
レナードの行為に恐怖を感じていた訳では無かった。
唯……彼の心に重く渦巻く過去への苦しみを
呼び覚ますような自らへの過剰な評価が、巡り巡って
彼を苦しめている様に思えてならなかったから――




