第49話:『いたちごっこ』
――接遇室へと響き渡ったアイナの絶叫。
何の事はない。それは、アストラル家を象徴する
何時もの光景だった……だが。
少なくとも、王都の記者団にとっては
余りに異質だった様で――
「……やっぱりだ、唯のメイドじゃなかったぞ」
「ええ、当主より前に立つ使用人なんてありえないもの……」
「やはり、許嫁……」
「な゛ッ……だから、違うって言ってますっ!!」
――必死に否定するアイナ。
一方の記者は、さらなる情報を聞き出す為か
僅かに話題を変えた――
「では、聖女様……質問を変えさせて頂きます。
家政管理院、現最高責任者。
“白鷺の魔女”……或いは“黒衣の裁定人”との呼び声高い、
セシリア・ヴァレンティア特級監査官――
その直々の監査を受け、
正式な使用人としての承認を受けられた。
これには、一体どの様な思惑があったのでしょうか?」
「と、特級……?」
アイナは、その言葉に小さく固まった。
セシリア“監査官”……そう聞いていた。
だが、今……その名に、
知らない『重さ』が一つ乗せられた。
「お、思惑なんてそんな……私は唯……」
「公爵家に務めるだけならば、公爵様の許可さえあれば
どの様な家柄であろうとも仕える事は可能なはず。
にも関わらず、わざわざ……それも。
あの、セシリア特級監査官から監査を受け
生きて……いえ、失礼。
“認められる”など……異例中の異例です。
そもそも王都では今、その話題が
頻りに取り上げられており――
『突如として現れた白の継承者候補』
――と、各所で話題になっております。
『白の聖女様』との呼び声高いアイナ様は
その件について、ご存知なのでしょうか?」
「し、知りませんっ!なんですかそれ!?
っていうか、私はそんな大層な身分では!……」
――アイナの返答を“謙遜”と受け取った記者たちは
メモに歪んだ情報を記した。
一方、状況を静観していたレナードは――
「全く……埒が明かない。
噂話をするなとは言わないが、
我がアストラル家の家名に
傷をつけるような噂の流布だけは……控えて貰いたい。
『王都中央出版』を始めとする、
歴史と格式を重んじる会社の評価を
あなた方自身の手で地に落とす事がない様。
煽るのも程々にして頂きたい。
さて……そろそろ、お引き取り願おう」
『鶴の一声』……そう呼ぶべき一喝を以て
記者団を正当に追い返したレナード。
……暫くの後、アイナはレナードに対し
御礼を告げようとした、だが――
……
「レ、レナード様……私のせいで
ご面倒をお掛けしてしまって……」
「何を言うかと思えば……アイナ。
半分……は、言い過ぎだが。
少しは事実が含まれていた……私の脇の甘さが原因だ。
君が恐縮する必要は微塵もない。
寧ろ、結果として要らぬ注目を浴びさせた事を、
改めて謝罪させて貰いたい、済まなかった」
――そう言って頭を下げたレナード。
だが、またしても“勘違い”は連鎖した――
「じじじッ、事実が含まれていたって……
そ、そのっ……あのっ……えっとっ……わっ、私っ!
仕事がありますのでぇぇぇぇぇっ!!!――」
「ア、アイナ?!」
――何を、どう“受け取った”のかは兎も角。
直後、逃げるように接遇室を後にしたアイナは――
◆
――バラ園に到着していた。
そして――
「はぁ~っ……記者って何なのよ?!
王都まで聖女呼びが定着してるって何なのよ?!
白の継承者候補って何なのよぉぉっ!!
もう……分かんないよ……」
――アイナは、少しぐったりとしていた。
レナードに依って追い返された記者団たちの言葉――
『熱愛』『白の聖女』『白の継承者』
――そんな言葉の数々が、アイナの頭をぐるぐると回る。
「何で皆……話、盛っちゃうんですか……」
「多分、王都には娯楽が少ねぇからですだ」
「う゛にゃぁぁぁっ?! ……って、ジョセフっ!?
何処から現れたのよぉっ?!」
「畑から生えてきたですだ……冗談ですだ。
そっちの裏道からですだ」
「冗談に聞こえないのが怖いのよ……と、兎に角。
早く誤解を解かないと、レナード様に迷惑が……」
「その必要はねぇですだよ?」
「な、何でよ?!」
「おらも見てただ……記者団一人として
事実を見てねかっただ。
面白けりゃ良い、話題になりゃあ良い。
そうやって広まる噂に、アイナ様が何言った所で
若様が何かを言った所で……火に油だ。
枯れ草に火がつくみてぇに燃え広がっちまうだ。
アイナ様はこの家のメイドで
若様はこの家の当主様だ……だから。
アイナ様も、その事以外考える必要はねぇだよ。
また記者団が来たら、おらが追い返すだ。
大根持って、追いかけ回してやるだ!」
「……ありがと。
そうするわね……でも、ジョセフ」
「なんですだ?大根の件なら冗談ですだよ?
食材無駄にしたら料理長に叱られるだ。
実際は精々、鍬もって追っかけるくらいだ」
「余計酷くなってるじゃないっ!!!
でも……本当にありがと、流石ジョセフね!
伊達に貴族家の家柄じゃ……」
「そうだ、おらは貴族の血が入ってる。
若様の……レナード様の大切な母上を護った、父の血が。
だから、アイナ様……おらにもきっと。
レナード様の大切な存在を護る力は、絶対にあるだ」
「へ……っ……?」
ジョセフの優しさ。
彼の言わんとすることの真意に
アイナが思わず、声を漏らした
瞬間――
『ガサガサッ!』
――生け垣の向こうで何かが揺れた。




