第46話:『さいてい』
――クラウスは、沈黙していた。
それは、意図的にでは無く。
言葉を発せないほどに
“崩れ去って”しまったから――
……
「……監査は以上です。
レナード公爵、アイナ・リーネル……そして。
『アルヴェイン辺境伯家、七男。
ジョセフ・アルヴェイン』
……軽微なミスはありましたが、
貴方の対応は間違っていませんでした。
誇りはしなくとも、認識しておきなさい。
貴方は家名を穢さなかった、と」
静かに……だが、真っ直ぐに。
ジョセフを見つめたままそう、告げたセシリア。
ジョセフは、静かに頭を下げ――
「有難うございますだ……でも。
失敗して、済まなかっただ」
――そう言って、僅かに光を取り戻した。
だが、その一方で――
「さて……結局、伸びてしまいましたね。
ですが。依然として味を見る必要は感じています。
……レナード公爵、頂いてもよろしいですか?」
「あ、ああ……だが、作り直……」
「その必要はありません。
私は……全ての工程を見ていましたから。
『チーズリゾット』
……一見すれば単純な料理ですが、
火加減と煮込み時間がシビアなこの料理を、
厨房の状況を見定め、適切に役割と時間の配分を行い
僅か六分程度で仕上げた手際。
香りや、塩加減……昼餉として過不足がありません。
既に茶と茶請けを出している以上、過度な皿数は不要。
監査が何時まで続くのか、屋敷側には判らない以上
晩餐の妨げと成る料理では
後の問題と成っていたでしょう。
客人の空腹を満たしつつ、晩餐を妨げない。
……よく判断しました、アイナ・リーネル。
今から私が一匙を口にするのは、
此処までの仕事を無駄にしない為です。
断じて、監査が理由ではありません――」
――そう言って、セシリアは一掬いのリゾットを口に運んだ。
湯気は消え、少し冷えたリゾットは
彼女の予想通り、僅かに伸びていた。
だが――
「――次は、適切な状態で頂きたいものです」
――匙を置き、口元をナプキンで拭き取る。
洗練され、無駄のない動きの中に
彼女の矜持が隠れていた。
そして……この瞬間、敢えて
ナプキンに皺を寄せ置いたセシリア。
それは、最大限の賛辞だった――
「あ……有難うございますっ!!!」
――勢い良く、深々と頭を下げたアイナ。
彼女にも、この賛辞は確りと届いていた――
◆
――夕暮れ時。
監査を終えた【セシリア・ヴァレンティア】と
意気消沈した『クラウス・エーレンベルク』は
黒塗りの馬車の前に居た。
「……結論から申し上げます。
私、セシリア・ヴァレンティアは。
家政管理院を代表し、アイナ・リーネルを――
――アストラル家のメイドとして、
正式に、認めるものとします。
後日、正式な書簡と認定書を届けさせます。
次に……此度の監査に於いては
此方の不手際に依り、アストラル公爵家に対し、
看過出来ない、幾つかの不備と非礼が発生いたしました。
レナード公爵……大変、失礼を致しました」
直後、セシリアは深々と頭を下げ
クラウスは表情を醜く歪ませた……そして。
「おい“死神”……私は仮にも侯爵家の次男だ。
私の非礼を、いちメイドに過ぎない貴様が詫びるなど。
私に……恥をかかせるつもりか?」
……この時、既に
体裁を整える余裕さえなくなっていたクラウス。
だが、セシリアは頭を下げたまま
静かに言った――
「……これ以上、家名を穢す事の無き様。
頭を下げるべき状況です、クラウス・エーレンベルク」
――メイド長の口にした言葉が、アイナたちの脳裏に過ぎる。
『不要と見做されれば、例え王宮務めであろうと
何者であろうと……彼女は一切、配慮しない』
そんな中、レナードは静かに口を開いた――
「……頭を上げて下さい、セシリアさん。
此方にも多々不備があったし
今回の件を問題にしようとは思っていない。
本を正せば、家政管理院への返答に
遅れを生じさせてしまった此方の不備でも在る。
『お互い様』……今回の騒動は、
それで幕引きとして頂けると助かります」
「承知いたしました……では、その様に。
それでは――失礼を致します」
……直後、一切の過不足無く。
膝折礼で応えたセシリアは
振り返る事無く、馬車へと乗り込んだ。
そして、遅れて乗り込んだクラウスに一瞥もくれず
御者へと合図を出したのだった――
……
「……ジョセフ」
その一方、去りゆく馬車の背を見つめながら
レナードは、静かに口を開いた。
「護れず……済まなかった」
「な……何言ってるだ!
おらがミスしたから怒られただけだ!
寧ろ、若様はおらの事を庇って!……」
「いいや……本当に、済まなかった」
……深々と頭を下げたレナード、だが。
ジョセフは、その下に潜り込み――
「……土を見るのは当主様の仕事じゃねえだ。
それは、庭師であるおらの仕事だ。
若様……今後も、よろしくお願いしますだ」
――そう言って、漸く笑みを浮かべたのだった。




