第45話:『藪蛇』
『一五分』と言う過酷な制限時間を前に、
アイナは、一切慌てなかった。
……しばらくの後、公爵家の紋章で縁取られた
鮮やかな白い皿へと盛り付けられた――
『リゾット』と『トマトサラダ』
――配膳台がクラウスの待つ貴賓室へ到着したのは、
クラウスが指定した『一五分』では無く、
彼が最初に指定した『一〇分』後の事であった――
……
「お、お待たせしましたっ!!」
「え……何が?」
――クラウスは、状況を理解していなかった。
一方、監査官【セシリア・ヴァレンティア】は
静かに席に着き――
「……エーレンベルク卿、話は後に。
提供温度も見る必要が在るのですから」
「あ、ああ……だが、時間が……いや、失礼した。
まさか本当に“食事”と呼べるものが
出てくるとは思って居なかったのですよ。
さて……配膳を頼もうか」
――クラウスの発言によって僅かに沈んだ場の空気。
一方、状況を少しでも良くしようと気遣い
明るく振る舞ったジョセフは……この後。
とても小さな『ミス』をした――
「……此方の皿は、冷めちまったら大変だ~!
此方の皿は、温まっちまったら大変だ~っ!」
――公爵家の紋章で縁取られた、鮮やかな白い皿。
その上には、湯気を逃がさぬよう
銀の蓋が被せられていた。
……場の空気を盛り上げる為
必死に明るく振る舞っていたジョセフ。
だが……他の使用人たちと呼吸を合わせ
一斉に銀の蓋を外した瞬間――
「さ!お召し上がり下さいませ……だ?!」
――ジョセフの顔は、急激に青ざめた。
そして……クラウスは、静かに。
笑みを浮かべた――
「……さて。
先ずは料理名を問う積もりだったのだが。
ジョセフ君……私に提供された物は、
どうにも皆と違うように見えるのだがねぇ?」
――嫌味な物言い。
『左右の置き違え』と言う、極めて些細なミスに対し
少々、過ぎた態度を取ったクラウス……だが。
「す、済まねえだ……すっ、すぐに直しますだ!」
「……言葉遣いも成っていないな、ジョセフ君。
いや……ジョセフ・アルヴェイン君?」
「なっ……何でおらの名前を……」
「知ってるさ……それよりも、先ず。
済まねえ……では無く。
『申し訳ない』……これが正しい謝罪の言葉だ。
……まぁ、もっとも?
『ド田舎の辺境伯』……それの七男坊とも成れば
話し言葉さえ教わる余裕など無いのだろうが。
……没落した訳でも無いのに、こうして他の家に奉公し
庭師などと言う泥臭い仕事に就き……剰え、
言葉遣いは疎か、左右の違いさえ解せないとは。
……貴族とは、もう少し誇りのあるものだと思うのだがねぇ?
どうなんだい?……ジョセフ・アルヴェイン君」
……この瞬間、ジョセフの瞳から光が消えた。
一方のクラウスは……俯き、黙り込む彼に対し
唯の一瞥さえ向けず。
眼前の料理へと視線を向けたまま、冷淡にそう告げた。
だが、直後――
「……うちの者が失礼をした。
クラウス、私が直そう……」
――レナードは静かに頭を下げ、立ち上がると
そのままクラウスの皿を正式な位置へと置き換えた。
セシリアは何も言わない。
アイナは、拳を握り締め……メイド長は
ジョセフを静かに下がらせた。
沈んだ空気の中……クラウスだけが
僅かに上機嫌と成った。
……だが、この直後。
彼も――『ミス』をした。
「では頂こうかな――」
「待ちなさい、クラウス・エーレンベルク」
――瞬間。
セシリアは氷のような目付きと声でクラウスを制した。
その『圧』に、クラウスの手は止まり
セシリアは静かに続けた。
「レナード公爵は、まだ貴方に食事を勧めていません」
「……こ、これは大変失礼を。
空腹が故に、少しばかり粗相を……」
「少し……で、済むような話ではありません。
クラウス・エーレンベルク……貴方は家名を穢した。
……公爵家に招かれた
侯爵家を代表する立場でありながら、貴方は
その使用人である者の出自を、在ろう事か
公爵の眼の前で貶めた……
……クラウス・エーレンベルク。
貴方は、公爵の顔に泥を塗ったのです。
それも……料理が冷めてしまうほど、長々と」
……クラウスの顔が激しく歪む。
だが、セシリアは尚も続けた――
「……何者であれ、客と言うのは
あくまで招かれた側です。
それは、決して――
『何をしても良い』
――と言う、免罪符では在りません。
クラウス・エーレンベルク……貴方は、家名を穢した。
貴方は今、公爵家では無く……
……エーレンベルク家を貶めたのです」




