第44話:『目配せ』
……この日、アストラル家に訪れた突然の監査。
アイナを見極める為に行われて居た筈の監査の目は、
結果として、彼女を包む屋敷全体の在り方にまで波及した。
……レナードを目の敵にする
エーレンベルク侯爵家、次男――
『クラウス・エーレンベルク』
――レナードとの間に存在する『因縁』は
彼の棘を、更に凶悪なものへと成長させ、
アイナへの責めを更に強めさせた。
筈、だった――
……
「クラウス様、乗り物の操縦はされますか?」
「は?」
――唐突に発せられたアイナの問いに
クラウスは妙な声を上げた。
「い、いや……此処に来る馬車は
御者を雇っているからね、私は別に……」
「良かった……でしたら、お出し出来る物にも
制限をつけずに済みます。
……では、苦手なものや、
お身体に障る様なものはございますか?」
「いや、無いが……って。
良いのかね?アイナちゃん。
こうしている間にも、時間は刻一刻と……」
「いえ、お訊きしてからで無いと
正確なおもてなしが出来ませんから!
お答えいただき有難うございました。
では、準備してまいりますっ!――」
可憐な笑みと共に、膝折礼をしたアイナ。
直後、彼女は厨房へと走った――
◆
「到着ぅっ!……っと、料理長さんっ!
っていうか……ア、アルベルトさんっ!」
「い、いきなりなんでぃ!?
名を覚えてくれるのは嬉しいが……
……って、何の用だい?」
「その……朝のスープ!まだあります?」
「あ、ああ……あれなら、まだかなり残ってるぞ?」
「良かった~……じゃ、作らなくて良しっ!」
「は?……スープが飲みたかったのか?」
――別の意味で厨房に混乱が訪れたこの瞬間。
アイナは、再び笑みを浮かべ――
「そのスープで、リゾット作りましょう!」
「……なるほど、米とチーズは直ぐに出せる。
香草はどうする?……」
「庭のものを少しだけ……それと、
お客様は、胃の調子が悪い可能性がありますので
出来るだけ、香りが強すぎないものを」
「良し……ちょっと待ってろ!
……ジョセフ!庭からパセリと
クセのない香草を千切って来い!
よし……アイナ、念のためにトマトは冷やしてるが
どうする?……使うか?」
――急激に動き始めた調理場の空気。
一方……セシリアは。
この間も、一歩引いた所で全ての状況を監査していた。
そして……全ての工程が終わるまで、
彼女は、一言たりとも発さなかった――
……
「よし……添え物のトマトは出来たぞアイナ!
そっちはどうだ?」
「ええ、良い感じです……っていうか、アルベルトさん。
チーズがちょっと、いつもと違う気がするんですけど……」
「おっ!……流石は聖女様だなアイナ。
昨日だったか、行商人が持ってきた珍しい……って。
アイナ、食前酒は?!」
「えっと……必要ないと思います。
既に紅茶とお茶請けで
たっぷんたっぷんだと思うので!」
「そ、そうか……なら、あとは盛り付けだけだな。
ヒヤッとしたぜ……」
……全ての工程を終え、皿へと盛り付けられた
アイナ特製のリゾット。
この、一見すれば急場凌ぎにも見える料理に対し
セシリアは一言として苦言を発さなかった。
良いとも、悪いとも……唯。
ある、一点への指摘を除いては――
「少し、無駄口が多い様です。
料理の提供を急ぎなさい、伸びてしまいますから」
「は、はいぃっ!!……で、では!
……って。
セシリアさんもお召し上がりになりますか?!」
「ええ、頂きましょう……ですが、監査の為ではありません。
あくまで……食べる価値を感じただけです」
「セ、セシリアさん……」
「早くなさい、アイナ・リーネル……伸びてしまいます」
「ひゃいっ!!!」
――この後。
料理長らと共に急ぎ配膳の準備を整えたアイナは
クラウスの待つ、貴賓室へと急ぎ戻った――




