第43話:『藪睨み』
――『皆が怖がる程、怖い人だと思えなかった』
それが、アイナの【セシリア・ヴァレンティア】に対する
最初のイメージだった。
……無論、問題が無い訳では無い。
自分を調べに来た相手だとも分かっている。
そもそも、監査自体が既定路線で、
最初から結果など見ておらず、
唯、難癖を付けに来ただけなのかも知れない。
この屋敷から……アストラル公爵家から。
追い出そうと、追いやろうとしているのかも知れない。
恐れが無かったわけでは無い……寧ろ多すぎたくらいだ。
だが……それでも、何故かアイナには、
セシリアを悪意的に見つめる事は出来なかった――
【セシリア・ヴァレンティア】
――彼女が持つ、仕事への矜持は
そんなに軽いものだとは思えなかったから――
……
「……あの、セシリアさん」
「何ですか、アイナ・リーネル」
「い、いやその……わ、私も
呼び捨てで構いませんから……それと、その。
私も一つだけ……セシリアさんにお訊ねしたい事があって」
「なんです?仕事に纏わる話でしたら、
幾らでもお答えしますが」
「あ、いやその……仕事に纏わるような、
纏わらないような……」
「貴賓室までは後一分と少しで到着します。
質問があるのでしたら端的、且つ、正確に」
「へっ!?は、はいっ!……そ、そのっ……
セシリアさんはし、白色が……好き、ですか?」
「その問い、仕事になんの関係があるのですか?」
「い、いえその……仕事としてだけの話なら、
技術だって、知識だって……私なんかより
何倍も持ってるだろうセシリアさんは
効率の良い悪いだけじゃなくて、
白って言うものに対して
凄く深く観察してるように見えて。
でもそれは、唯の仕事って
簡単に割り切れるような話では無いように思えて……」
「いいえ……仕事です。
基本を崩さず忠実に……白に限らず。
使用人として、当然の知識を語っただけの話です。
貴女にどう聞こえたのかは分かりませんが、
使用人と言う立場上、面倒を感じる部分を
敢えて、包み隠さず伝えただけの話……さて。
質問は終わりですね――」
「あっ、もう一つだけっ!……」
「――いいえ、時間切れです」
『コン・コン・コン・コン』
直後、一切の過不足無く
セシリアの手に依って正確に鳴らされたノックの音。
「失礼致します――」
……
「……おかえり、アイナちゃん。
こってり絞られただろう?その人、厳し……」
「エーレンベルク卿、監査はまだ終わっておりません。
後、幾つか見るべき項目が残っています」
「……あぁ、そうかい。
それは構わないが、いずれにしても私は少し……いや。
かなり、お腹が空いた。
“食事も出ないのかね?”などと催促する積りは無いが
少し、配慮して貰えると
私としても嬉しいんだけれどねぇ?
それに……監査の役にも立つでしょう?セシリア監査官」
「……仰る通りです。
では、アイナ……いえ、料理でしたら。
この屋敷には料理長のアルベルトが居た筈……」
セシリアがそう言い掛けた瞬間、クラウスは
制するように、酷く不満げに声を上げた――
「待った……単純に胃を満たすだけなら、
料理長に任せるのが正しいのでしょうが。
そもそも、私はアイナちゃんの監査に
同行しているのではないのかね?
どうなんです?……セシリア・ヴァレンティア監査官?」
「……仰られる通りです。
では……アイナ。公爵家に相応しい料理を一品、
時間は……そうですね、三〇分……」
「待った。お腹が空いてるんだ……一〇分、いや。
流石に可哀想だ……一五分で頼むよ」
そう言って、クラウスは薄ら笑いを浮かべた。
だが、一方のセシリアはこれに異を唱えた。
「……時間の制限は兎も角、
公爵家として適切か、それをも監査する為には
アイナ個人の技量だけでは推し量れません。
……庭の手入れ、洗濯などの工程とは少し異なります。
私が与えた時間は、あくまで一品をつくる為の時間。
公爵家の提供するものとして、
適切な昼餉を用意する時間ではありません。
故に……」
「あ~分かった、わかった。
つまりその、なんとかって言う料理長にも手伝わせろと?」
「……アルベルト料理長です。
それと……手伝いでは無く、連携です。
それさえ出来ない様では、メイドとして不適格です」
「はぁ~っ……仕方ない。
時間だけは掛けないで欲しい物だが」
直後、不満げに受け入れたクラウス……だが。
アイナは、そんな過酷な条件の中。
何故か、少しだけ笑みを浮かべていて――




