第42話:『眼差し』
「レナード公爵を、どの様に見ているのですか?」
セシリアは至って冷静に、だが
何処か含みのある様子でそう問うた。
「ど、どの様にって……え、えぇっと。
そっ、その……まず、ご当主様として
す、凄く尊敬していてっ!……わ、私たち使用人にも
分け隔てなく接してくださいますし!そっ……そのぉっ!
わわわっ……私の手が傷だらけだからって
革の手袋をプレゼントしてくださったりだとかっ!
そ、そのっ……先程セシリア様から指摘された
『白薔薇の白手袋』も、その際に破損した白手袋の代わりにって
わざわざ別でご用意頂いた次第でしてっ……でっ、ですので!!
す、凄く……や、優しい方だなぁって思ってましてですねぇっ!?
それでっ!……」
「そうですか。もう結構です……充分、わかりました」
「す、すみません……う、煩かったですよね……」
「いいえ、構いません……それよりも。
アイナ・リーネル……私は、貴女に対し
感情を持つことを咎めはしません、ですが……」
「かっ、感情っ!?
い、いえ! そういうものではなくてですねっ!?」
「……その感情によって、使用人としての立場を忘れ、
判断を曇らせることだけは、在ってはならないのです」
「は……判断を、曇らせる」
「尊敬・憧れ・親愛……どの様に言い表そうと。
強い思いは、綻びともなり得る。
貴女が彼をどう見つめていようと
仕事を穢さないのであれば構いません。
ですが……仕える以上、見誤ってはなりません」
この瞬間、セシリアの忠告に対し
アイナは正直に答えられなかった。
それは、答えるべき言葉を知らない訳でも
気付いていない訳でも無かった……唯。
どう答えようとしても
『でも』から始まる言葉しか思い浮かばなかった。
だからこそ――
「わかり……ました」
――精一杯、詰まりながら発したこの言葉だけが
今の彼女に出来た唯一であり、最大の抵抗だった――
◆
「いやはや……それにしても。
本当に変わったねぇ?レナード」
――同時刻、貴賓室。
レナードは……唯、耐えていた。
「ああ、少しばかり屋敷の管理に無頓着だったからな。
昔よりは真面目に取り組んでいる……それだけだ」
まるで……机に飾られた花一つ、壁紙一つにさえ
目を向けられたくないかの様に、レナードは
情報を出し控えた。
だが、クラウスには通用せず――
「あ~、そうなんだ。
ああ……そういえば!
夜会の件……王都ではなかなか“愉快な話”になっているよ?」
――この瞬間
そう嫌味に微笑み掛けたクラウス。
「……迷惑をかけたのなら済まなかった。
あの日は、少し気分が優れなかっただけだ」
「ふ~ん?……ま、実情はどうあれ。
あの後、会場では――
『天下のアストラル公爵が、使用人の少女を連れ、
散々着飾らせ、散々見世物にした挙げ句。
途中で夜会を抜け出した』
――そんな噂が、立ってしまってねぇ?
いやはや……“噂好き”が多い世界ではあるけれど、
この件は根深い事になりそうな様子だったよ?」
「……私の体調不良が原因だ。
彼女を見世物にしたつもりは無い。
彼女は……良くやっている」
「ああ、そうだろうとも……しかし、大変だねぇ?君も。
……君は守ったつもりなのだろうけれど。
結果として、彼女を随分と目立たせてしまった。
『公爵家の若当主は気まぐれ』だとか、
『灰かぶりの勘違い』だとか。
……まあ、王都は退屈だからねぇ?
きっと皆、人の物語を勝手に飾るのが好きなんだよ。
『物書き』にでもなれば良いのさ……ハハハッ」
「何も……変わらんのだな、王都は」
「ああ、綺麗なままだよ?……って、そうだレナード。
今回の監査もだが……君の特別な使用人、
アイナちゃんが、王都でどのように見られているのか。
主なら知っておくべきじゃ無いのかい?」
「……『見世物小屋扱い』の他に、まだあるのか?」
「ん~見世物小屋扱いにしては少々噂が大きいけどねぇ?
あの死神……もとい。
セシリア・ヴァレンティア監査官が動く程だ。
少なくとも、君にとっては彼女も
『昔の大切な使用人』なんだろうが、
あれも中々大変な立場にいるものだよ?
何せ、今回の騒動は王都の――」
『コン・コン・コン・コン』
……一切の過不足無く、正確に鳴らされたノックの音。
直後、アイナを連れ舞い戻ったセシリアによって
二人の会話は打ち切られる事と成った。
……この日。
レナードの奥底へと刻まれた
許容しがたい綻び。
……繊細な彼の心へと絡みついた悪意の棘。
執拗に彼を追い詰めるクラウス。
その目は、薄気味悪くアイナを見つめていた――




