第36話:迫りくる『煌めき』
――翌朝。
白リネンが揺れる。
朝日、風……洗濯場。
いつもの景色……本当に
全て、いつも通りのはずだった。
「……」
アイナは、無言で洗濯物を干していた。
顔が、赤い……ずっと。
昨夜から――
『居てほしい』
『君が居ないアストラル家など』
「み゛ゃお~ぉんッ!!……」
――思い出した瞬間
立っていられなくなる。
(むっ、無理ぃ……っ……!)
「何よあれ……ッ!
何だったのよ、あれッ!
あんなのほぼ告白じゃない……ッ!
いや……でも、違うのかな?
でも、手握ってたし……頬に手まで……っ!
に゛ゃあぁぅうぅぅぅ……」
――本日のアイナ。
朝から完全に“不審者”である。
ともあれ……今日も今日とて
ある種“いつも通り”なアストラル家。
だが、そんな中――
「アイナ様ぁぁぁッ!」
「に゛ひゃぁっ!?」
――突如として掛けられた声に
『びくぅッ!! 』と飛び上がる。
「お顔が真っ赤ですだ!りんごなら食べ時ですだ!」
「な゛っ?!……なっ、何ですかぁぁぁッ!」
……アイナ、ツッコミの不発。
ジョセフはニコニコと笑顔を浮かべ、彼の後ろでは
使用人たちが生暖かい目をしていた――
「いやぁ……昨夜は実に尊かったですなぁ」
「若様の“居てほしい”……」
「ついにアストラル家にも春が……今は冬ですが」
「何処まで聞いてたんですかあなた達はぁぁぁッ?!」
――ようやく、アイナの絶叫。
「だっ……第一ッ!
あれは、別にそういうのじゃ――」
「あっ!……若様ぁぁぁッ!!」
「――み゛ゃんッ!?」
ジョセフの声に慌てて振り向くと、そこには
朝日を背負ったレナードの姿があった。
「おっ……おはよう……ございますっ……」
「あぁ、おはよう」
唯の挨拶が、妙にぎこちない。
そして、使用人たちは色めき立つ――
「若い……」
「甘酸っぱい……」
「初々しい……」
「りんごは、お尻の辺りが黄色くなると美味いだよ?」
「其処ぉッ!最早どこ目線ッ?!」
――朝から絶叫である。
そんな中――
「アイナ、手は……」
不意に、レナードが小さく呟く。
「へっ……?」
「火傷は……まだ、痛むか?」
「あっ、えっとその……平気ですっ!」
「そうか……なら、良かった」
レナードが、少し安心したように笑う。
その顔を見た瞬間……アイナは視線を逸らした。
「アイナ?」
「っ!……な、何でもありませんっ!」
慌てて洗濯物を掴んだアイナ
だが、焦ったせいで――
『ズザッ――』
「あぁっ?!」
――洗濯カゴは傾き
大量の白布が中を舞った――
「きゃぁぁぁぁッ!?」
――中庭へ広がる白。
風に乗って、一斉に空へと舞い上がる。
「アイナッ!」
――瞬間、レナードは
咄嗟に彼女の腕を引いた――
……
『ドサッ……バサバサバサッ』
洗濯物が舞い落ちる中
アイナは……レナードの腕の中にいた。
朝日が差し、風が吹く……そして。
強烈に近いその“距離”に――
「ぁ……っ……」
アイナの思考が止まる。
近い……近過ぎる。
顔が、呼吸が――レナードも
少しだけ目を見開いていた。
だが、次の瞬間――
「ふっ……珍しいこともあるものだ。
アイナが洗濯物を“投げる”とはな……」
――アイナを見つめ、笑みをこぼしたレナード
一方――
「わわわぁぁたしぃっ!……し、仕事しますッ!!」
「ア……アイナ?」
「今、忙しいのでぇぇぇッ!!――」
『逃亡』
誰の目にも明らかな、その背中を見送りながら。
レナードは……小さく息を吐いた。
そして――
「……困ったな。
ジョセフ……私は、どうすべきなのだろうな」
「例の“お達し”のことだか?」
「ああ……アイナを、悲しませたくはないんだ」
「おらも同じ気持ちだ……でも、無視は出来ねえだよ」
「ああ……分かっている、腹立たしいほどに」
白布が揺れる風の中
レナードの静かな怒りが中庭に響いた。




