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『メイドさんは出て行きたいッ!』~誕生日を忘れられたので辞表を書いたら、無自覚な家事技術で世界を救う聖女だと勘違いされました~  作者: 黒崎 凱


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第32話:灰色の『夜』

――“火傷よりも熱い恋事件”の夜。

処置の迅速さが功を奏し

大事には至らなかった火傷とは裏腹に――


「ぅぅ……っ……」


――アイナは、ベッドの上で固まっていた。


眠れない……原因は明白だった。


――


『君が怪我をすると、私が嫌なんだ』


――


「かぁぁぁぁぁ~っ!!」


枕へ顔を埋め、ジタバタと一頻り暴れる。


「む、無理ぃぃぃ……」


心臓も、声も震えている……最近は毎日だ。

以前なら、レナードから優しさを向けられても

“いい声のイケメン”くらいで済んでいた。


……でも、今は違う。


手を握られるだけで、胸が苦しい

目を見られるだけで、落ち着かない。

名前を呼ばれるだけで、変に意識してしまう。


(これって、もう……)


そこまで考えかけ、アイナは

勢いよく布団を被った。


それは、彼女にとって余りに危険な考えだったから。


「レナード様は、公爵家の当主様なんだから。

優しいだけ……穢れを知らないから

唯《ただ》、純粋なだけなんだから……」


言い聞かせる様に……何度も、繰り返す。


王都で見た、綺麗な令嬢たち

貴族社会……自分とは違う世界。


だが、レナードはあまりにも自然に近付き

アイナを優しく扱う……まるで

自分だけの“大切”かの様に扱う。


だから――


『コンコン』


「ひゃぁっ!?」


突然のノック音に

アイナは、飛び起きた。


「アイナ……お、驚かせて

いや、夜分遅くに……済まない」


恐縮したようなレナードの声。


「な……何ですかぁッ!?」


思わず応対する声が裏返る。


「その……迷惑でなければ、少し良いだろうか?」


「えっ、っと……その……ふ、服だけっ!

とっ、整えさせて下さいっ! ……」


『こんな夜更けに……何故?』


アイナの頭の中は一瞬で大混乱《パニック》になった。

そして……数分後。


……


「お、おまたせしました……っ……」


アイナは、恐る恐る扉を開けた。


すると、そこには

少し困った顔のレナードと――


「って、ね……猫?」


――小さな、灰色の猫が

彼の腕に抱えられていた。


「……執務室の窓を閉じようとしていたら見かけてな。

庭で、震えていたんだ」


レナードは、少し眉を下げる。


「怪我は無い様だが……かなり、弱っている」


アイナは、そっと猫を見る。

痩せこけた身体、毛足も濡れている……寒いのだろう。

小刻みに震え、レナードの手に縋り付いている。


「……こんな深夜に面倒事を持ってきた事は謝る。

だが――


『アイナならばどうすれば良いか分かる』


――そう、思ったんだ」


その言葉を聞いた瞬間、アイナの胸が、

少しだけ温かくなった。


『私を……頼ってくれた』


以前なら、全部一人で抱え込んでいたレナードが

他人を……いや。


自分を、頼ってくれた――


「えっと……温かい毛布とかってあります?

捨てるようなので良いので」


「直ぐに用意する」


「あとは……山羊乳ってありましたっけ?

少し温めて、薄めて……もし、飲めそうなら

少しずつと思ってるんですけど……」


「あったはずだ……だが、温めるのは私がやろう。

君は手を労ってくれ……兎に角、直ぐに用意する。

済まないが、この猫を少し預かっていてくれ」


――灰色猫をアイナに預け、レナードは走り去った。

一方、去りゆく彼の背中を見つめながら

アイナは少しだけ笑っていた。


◆


――数十分後。


灰色猫は、毛布の上で

小皿に注がれたミルクをぺろぺろと舐めていた。


「良かった……飲める元気があるのは

少し、安心です」


アイナはほっと息を吐き、額の汗を拭った。


「アイナ……本当に助かった。

しかし、流石というべきか……君の知識は底が知れないな」


「そんなでもないんですけど……その

昔、私も拾って育てた事があって……」


「そうだったのか……その猫は幸せだな」


「へっ!?……そ、そうなんですかねっ?!」


「ああ、君の様に優しい飼い主ならば

その猫は幸せだったはずだ」


「ち、ちゃんとご飯あげて温かい所で寝かせてただけですっ!

あと!時々撫でてたくらいでっ!……」


「充分じゃないか」


慌てるアイナに対し

笑みを浮かべたレナードは


「……自信を持て、アイナ。

その猫は、君を心から愛していた筈だ」


灰色猫の背を、そっと撫でながらそう言った。


「そ、その……レ、レナード様も……っ!

や、優しいです……よねっ……」


――レナードは僅かに目を見開き

アイナは更に続けた。


「や……優しくなければ

こんな夜中に猫は拾いません……から……」


「当然だ、放っておける訳がない」


「それです、それが優しさです」


――アイナは、小さく笑った。


「レナード様って、結局

いつも放っておけないんですよ、だから……ッ」


突然の沈黙……アイナは何かを思い出し口籠った。

だが……ふと、レナードが静かに笑った。


「……君だってそうだ。

困っている人や物を見れば、直ぐに助けようとする。

使用人たちからの“評価”は間違っていない。


……私は、そう思っている」


「それは!……全部は否定出来ません。

せ、聖女って呼ばれるのは違う気がしますけど……」


――顔を見合わせ、小さく笑った。

その時だった――


「にゃあ……っ……」


灰色猫が、よろよろと立ち上がる。

そして――


「……え」


そのまま、アイナの膝へと丸く収まった。


「へっ……?」


「やはり、気に入られたな」


レナードが、少し楽しそうに笑う。

それに合わせるように灰色猫は

満足げに喉を鳴らし始めた――


「あ、暖かいですね……」


ぽつりと……アイナが呟く。


……猫の体温、部屋の灯り

穏やかな空気……そして。

向かい側で、静かに笑うレナード。


(私……ちゃんと、帰って来たんだ)


また、そう思ってしまった。


この場所へ……『この人の居る』場所へ。


その時だった――


『ガタンッ!!』


「なっ!?」「ひっ!?」


――例に依って、戸の外から物音がした。

当然の如く――


「「「「「……」」」」」


――其処にいたのは、大量の使用人たちだった。


「毎回毎回……何してるんですか?あなた達はっ!!」


半分呆れたようにアイナが叫ぶ

一方、使用人達は涙を流しながら声を上げた――


「若様と聖女様が……!」

「ついに子猫までお育てに……!」

「もう完全に家族……!」


「いや、ひょっとしたら猫神様かも知れねえだ」


「猫を拾っただけでしょうがァァァッ!!

……あっ。

ごめんね、猫ちゃん……ね~っ♪」


――アイナの絶叫と、子猫への気遣いが

深夜の屋敷へ響き渡る。


だが……灰色猫を間に笑い合う二人の空気は

まるで、本当の家族の様で――


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