第31話:過剰な『温度』
――ある日の午後。
「おやおや、今日は冷えますねぇ~♪……」
アイナは、妙に機嫌良く
厨房でスープを掻き混ぜていた。
……窓の外は曇り空
外は、冷たい風が吹いている。
だが……何故か、彼女はご機嫌だった。
「ふっふ~んっ♪……出来たっ♪」
コトコトと煮えたスープを見つめ
アイナは満足げに頷いた。
彩り豊かな野菜と、柔らかな香り……そして
胃に優しい味付け。
この所、レナードの食事環境はかなり改善されて居た。
夜更かしこそまだ多いが、以前の様な
『冷えたパンだけ』という様な事は格段に減っている。
「ふっふ~ん♪……ちゃんとぉ~♪食べるぅ♪」
思い返し、少しだけ……いや。
かなり、ご機嫌なアイナ。
だが――
「――アイナ様ぁぁぁッ!!」
「ひゃあっ!?」
突然の大声、振り向いた瞬間――ぐらり。
鍋は大きく揺れ――
「あっ?!」
――咄嗟に手を引いてしまったアイナ。
その手に“おたまを持ったまま”で――
『バシャァッ!!』
「っ、ぁ……!」
熱い。
そう思った時には、もう遅かった。
「ア、アイナ様!?……す、すまねぇだ!
おらのせいで……」
「だ、大丈夫っ……だから!……」
――反射的に答える。
だが……じわりと赤くなる指先。
(冷やさないと……)
そう思った瞬間――
「アイナ!」
――勢いよく厨房の扉が開かれた
「レ、レナード様!?」
「いいから早く手を見せろ!……ジョセフ!水だっ!!」
「い、今持ってくるだ!!」
「だ、大丈夫ですから……」
「大丈夫なものか……火傷してるんだぞ」
――真剣な声だった。
次の瞬間、レナードは
そっとアイナの手を取る。
「赤くなっているな……ジョセフ急げ!」
レナードの眉が、僅かに寄る。
「こ、これくらい平気です……そっ、それと
ジョセフは別に悪くありませんから……」
「ジョセフは兎も角……平気では無い」
――即答だった。
そして――
「水ですだ!!」
「よし……他に冷やせるものが無いか
料理長に確認を取れ……それと、医者を呼んでおけ」
レナードは使用人たちへと矢継ぎ早に指示を出し――
「アイナ、少し痛むかも知れないが……我慢しろ」
――そう言いながらアイナの手を水へ浸した。
「全く……不幸中の幸いは、
手袋をしていなかった事だな」
「は、はい……汚さなくてよかったです」
「何?……そうじゃない。
より酷くなっていただろう、と言っているんだ」
アイナは、何も言えず俯いた。
「やはり……痛むか?」
「へっ!?」
「指だ……痛むのか?」
「だ、大丈夫です!」
「……本当か?」
覗き込むような視線と
その優しい声が、アイナを沸騰させる――
「ほ、本当に大丈夫ですからぁ……っ!」
「どう見ても無理をしている様にしか見えないが」
(貴方のせいよぉっ!!!手を離しなさいよぉっ!)
――本心を口に出せる筈も無く。
そんな中、レナードの指先が
そっとアイナの小さな傷跡へと触れた。
無論、火傷にではなく
以前からある細かな切り傷へと。
それらは、庭仕事や掃除の際に出来たものだった。
「こんなに……いつも、無理をしていたんだな」
……アイナの胸が苦しくなる。
そんな傷に
触れられるとは思わなかったから――
「メ……メイドですから」
ようやく出た声は、少しだけ震えていた。
「仕事してれば、これくらい普通です」
「普通だとしても……痛いものは、痛いだろう」
――静かな声。
その言葉はとても優しかった。
「レ……レナード様」
「なんだ?……ああ。
“休み”なら、気が済むまで取って構わないが」
「い、いえ……そうじゃなくて。
そんなに大袈裟にしなくても……」
「大袈裟じゃない」
――再び即答。
「君が怪我をすると、私が嫌なんだ」
「なっ……な、何でそんな……恥ずかしい事を
普通に言えるんですか……っていうか。
手っ!……離して下さい!」
「恥ずかしいも何も、本心だ……と言うか
君が怪我をして喜ぶ様な者は、当家には居ないと思うが」
「そ、それは……知りませんっ!
っていうか、手ぇっ!……離して下さいっ!」
――最早半泣きである。
一方、周囲の使用人たちは
何故か感動していた――
「若様が聖女様の御手を……」
「なんと尊い……」
「愛が深い……」
「ただの応急処置でしょうがァァァッ!!」
「どう見ても、愛を育んでる様にしか見えねぇだ。
だってレナード様、まだ手を離さないだ」
「ジョセフ、お前のせいでもある……今日は、控えろ」
「す、すまねぇだ……」
――ジョセフ、意気消沈。
その一方で……尚も、アイナの手を支えていた
レナードの指先には、僅かに力が入っていた。




