第30話:白いバラと、触れたくなる『温度』
――“婚約手袋事件”の翌朝。
アイナは……自室で固まっていた。
視線の先、机の上。
そこへ置かれていたのは
『白薔薇の手袋』と『革手袋』だった。
「う~ん……」
僅かに漏れた唸り声……昨夜からずっと
一切、胸が落ち着かない。
原因は“手袋たち”では無い……自分の手を見るだけで
今までの全てを、思い出してしまうから――
「……レナード様。
私のお陰で楽しめたって……」
庭仕事、洗濯、掃除……そして、夜会。
深く気に留めていなかったそれぞれの出来事の全てを
レナードはちゃんと見ていた。
その事実に、胸が熱くなる――
「かぁぁぁぁぁ~っ!!」
『ぼふんっ』……アイナは、枕へと顔を埋めた。
「む、無理ぃぃぃぃ……」
顔が熱い……心臓がうるさい。
昨夜からずっとだ――
『コンコン』
「アイナ様ーっ?大丈夫ですか~?……朝ですよー?」
「っ! は、はいッ!」
若いメイドの声に慌てて飛び起きる。
そして……視線は再び『白薔薇の手袋』へと向いた。
「だ、駄目だ……使わないと」
ぽつり、と呟く。
『仕舞い込むのは失礼』
……そんな簡単な話ではなかった。
『大切な物ほど
ちゃんと使ってあげないと、駄目なんです』
自分の発した言葉が、返って来たのだ。
「う゛っ……」
綺麗に、アイナの胸に刺さっている。
「い、一応着けておこう……
……あ、後で着け替えればいいんだからっ!」
◆
――そして、中庭。
「お、おはようございますっ!」
「あっ!聖女様っ!」
「おぉ、婚約手袋をお召しになられている……!」
「だから変な呼び方やめなさいよぉぉぉッ!」
――朝から絶叫である。
だが、使用人たちは止まらなかった。
すっと差し込んだ朝日……瞬間。
『白薔薇の手袋』は照らされ、柔らかく光り――
「神々しい……」
「綺麗……」
「天からの祝福だ……」
「ち、違いますッ!日が当たっただけです!
皆さんの手袋だって光に照らされて!……」
――真っ赤になり弁明するアイナ。
だが、その時――
「ふむ……身につけてくれたか」
――不意に、背後から聞こえた声。
「ひゃぁっ!?」
其処には、レナードが立っていた。
「毎度の事ですけど、何で気配無いんですか!?」
「すまない」
少し困ったように笑うレナード。
次の瞬間、彼の視線はそっとアイナの手元へ向いた。
「改めて……良く、似合っている」
ぽつり、と。
本当に嬉しそうに呟いた――
「に゛ゃんっ!!」
「おぉ、アイナ様が猫神を降ろされた……」
「ちょっと濁ってるのが本物の証ね……」
「春先の猫みたいですだ」
「ジョセェェェフッ!!!」
何はともあれ。
……
「って言うか……レナード様っ!
きっ……昨日も言いましたけどっ!
そういう恥ずかしい事、自然に言わないで下さい!」
「恥ずかしい?……だが、本当の事だ」
「本当でも何でも
駄目なものは駄目なんですぅぅぅッ!!」
――アイナ、半泣きである。
一方……レナードは、
何故か少し楽しそうだった。
「とは言え、使ってくれたんだな」
不意にレナードが呟く。
「それは……使わないと勿体ないだけですっ!
勿論、汚れそうなときには仕舞いますけど……」
「だとしても……少し、ホッとしている」
困ったような、嬉しいような
言葉では説明の出来ない表情を浮かべつつ
そう言ったレナード。
「と……当然です」
アイナは、少し視線を逸らしながら呟く。
「良い物を貰ったら、ちゃんと使います」
「そうか」
「もし、後は飾るのだとしても……です」
――その瞬間。
レナードが、少しだけ目を細めた。
「か、飾る?」
困ったようにそう問うた瞬間
白薔薇の手袋は、再び朝日に照らされ輝いた――
「ふっ……“使ってくれ”と言っている様にも見えるが
いずれにせよ、たまには着けてやってくれ」
「ぜ、善処します」
「“善処”では、駄目なのではなかったか?」
「う゛ッ……また私の発言をぉっ……!」
胸が、耳が、顔が……全てが、熱くなった。
その時だった――
「朝日が眩しい!大変ですだッ!!」
「今日は何ですかァァァッ!!」
――駆け込んできたジョセフは
感極まった顔で叫んだ。
「し、使用人たちが――
『若様と聖女様の誓いの手袋が神々し過ぎる』
――とか言いながら
庭園へ続々と白布を掲げ始めましたぁぁぁッ!!」
「何で旗みたいに振ってるんですかァァァッ!!」
――振り向くと、中庭の奥。
何故か、大量の白布を掲げ
盛り上がる使用人の姿があった。
「祝福だー!」
「白き御二人に栄光をー!」
「ちょっと布が重たくて振りづらい……」
「無理しないでねぇぇぇッ!!!」
――アイナの絶叫が、朝の屋敷へ響き渡る。
だが、その一方……白布の舞う中庭に目を向け
レナードだけは、手袋をした彼女の姿を
静かに目に焼き付けていた。
まるで、失いたくない光景を見るように――




