第28話:遠ざかる『煌めき』と帰る場所の『灯り』
――“アストラル家当主、レナード・アストラル公爵のご乱心”
突然の途中退場は、騒然とした夜会の会場を背に
瞬く間に貴族たちの噂となった。
一方……帰りの馬車。
そんな状況など知る由もないアイナは
唯、窓の外をぼんやりと眺めていた。
……王都の煌めきが、少しずつ遠ざかっていく。
煌びやかな街、華やかな夜会、綺麗なドレス。
御伽噺の世界――それら全てが、
彼女には厳しく映った。
だが、離れられたことに安堵する反面。
彼女の胸の奥は、少しだけ重かった――
……
「アイナ……すまなかった」
不意に、向かい側から掛けられた静かな声。
「え? 」
レナードは、少し目を伏せていた。
「私は、君を……連れて来るべきじゃなかった」
「……はい」
――アイナは
少しだけ目を見開いて、頷いた。
彼女は“それ”を、批判だと思ったから。
だが――
「君を、苦しめるつもりは無かった」
「へっ……?」
「君に、感謝を伝えたかっただけだった」
「感……謝?……ど、どういう事ですか?」
「……本当なら、夜会で渡す予定だったのだが。
今、渡しておくべきだろう――アイナ。
遅くなって……済まない」
そう言って、レナードが取り出したのは
包装紙に包まれたプレゼントだった。
「いや……へっ?!」
――驚愕と共に、アイナは目を輝かせた。
『漸く……分かってくれた』
『漸く……祝ってもらえる』
そんな感情で胸が高鳴った。
だが――
「……君の手を測る暇が無かっただろう?
それで、メイド長に相談をしたんだ。
……すると、君がいつも着けている
洗い替え前の“白手袋”を渡してくれてな――
『この手袋ならば彼女のサイズに合わせて造られています
これの使用痕を見れば職人も合わせて作れるはずです』
――と、教えてくれた。
そのお陰で、漸く完成したんだ」
――そう言った後
包みを開けるように促したレナード。
アイナは、目を輝かせ包みを開き……そして。
直後発せられたレナードの言葉に
肩を……落とした。
「か、革の手袋……」
「……君は良く庭仕事をしてくれるだろう?
それで、あの日……バラ園で、君は私に教えてくれた。
『物には正しい使い方がある』
『純白の布手袋は園芸に向かない』
『革の手袋を履くべきだ』
……と。
そして、私は君に約束した。
“これからはそうする”……と。
その御礼として“特注の鋏と革手袋を贈る”と」
「あ……っ……そ、そうでしたね……!」
アイナは、取り繕うように無理にテンションを上げた。
そして、レナードはその異変を“勘違い”した。
「その、遅くなって本当に済まなかった」
申し訳なさげに頭を下げた彼に
アイナは慌てて頭を上げるように言った。
……胸の奥に妙な違和感が残る。
嬉しいはずなのに、素直には喜べない。
サイズも、質も、何もかも……全てが整っている。
最高の革手袋だった。
でも、何故かそれを“プレゼント”に思えない。
唯の“仕事道具”にしか――
「あ、ありがとう……ございます」
――ぎこちなく、精一杯の御礼を口にした。
そして、レナードは困ったように口を開く――
「君の口振りなら、言うべきではないのだろうな」
「へっ?……な、何をですか?」
「……君が嫌なのであれば、私のを捨てる」
「ど、どういう事ですか?
仰られる意味が……」
「同じなんだ……革の色が」
「は?……いや、えっ?……ど、どういう事ですか?」
「……君にその手袋を贈ると決めた時
私は、君との約束を思い返した。
そして“君への感謝を忘れてはならない”……と、思った」
レナードは、少し照れくさそうに言った。
「ならば、見る度に思い出す方が良い……そう思ったんだ」
「と言うことは……お、御揃いの革手袋ってことですか?」
「ああ、デザインに多少の差はあるが
同じ革から造られているし
手首の留め具には、バラをあしらって貰った。
私のは……これだ」
そう言ってレナードが懐から取り出した手袋には
彼女のものと同じ、バラの意匠が施されていた――
「い、いや……御揃いなんて……誤解されますよ?」
「誤解?……何をだ?」
「な、何ってその……」
「到着いたしました」
「み゛ゃいッ!?」
――御者の報告に声が裏返る。
有耶無耶になった話の行方と、御揃いの革手袋。
唯、お屋敷の灯りだけが
彼女の不安を薄めていた――




