第27話:冷やかすな。『視線』
――舞踏曲が終わる。
「……っ、はぁっ……終わった……っ……」
アイナは、小さく息を吐……いや。
完全に、肩で息をしていた。
……極度の緊張と変な汗。
だが――
「ふっ……ちゃんと踊れただろう?」
――隣で笑うレナードを見ると、
少しだけ、胸が温かくなる。
「そ、それは……
……レナード様が“ズル”したからです」
「いいや、君が頑張ったからだ」
「……っ」
(何で……そうやって、真っ直ぐ褒めるのよっ?!
本当、心臓に悪い……っ)
「レナード様!」
――その時。
複数の貴族達が、次々とレナードへ声を掛け始めた。
「お久しぶりです」
「最近、領地の評判が良いとか」
「……例の噴水修復の一件
王都でも話題となっておりまして!」
――囲まれていくレナード。
一方……アイナは、少しだけ後ろへ下がった。
(邪魔しちゃ駄目だ……)
相手は貴族。自分は唯のメイド……だから。
少し距離を置こうとした……その時。
「――あの方が、例のメイドらしいわよ?」
ひそり、と聞こえた声――
「随分と若いわね?」
「でも、所詮使用人でしょう?」
「公爵様も変わった趣味をされている……」
「でも、夜会へ連れて来るなんて
ちょっと、可哀想よね……ふふっ」
――嘲笑い声。
アイナの指先が、ぴくりと震えた――
(分かってた……)
――想定はしていた。
自分が、異物だと――
「でも、本当に可哀想よね……」
「そうよねぇっ……公爵様、優しい方だから。
変に、夢見せちゃうんじゃないかしら?」
「そうよね……使用人なんて平民ばかりなんだから
“おとぎ話”と“現実”の区別が
出来なくなるかも知れないわね……ふふふっ」
「そうね、ちゃんとした婚約者が決まるまでの
“遊び”でしょう?」
――その瞬間。
アイナの胸へ、何かが深く刺さった。
(そんなの……当たり前じゃない。
私は……一緒に飲んで、食べて、笑って。
そんな時間が心地良くて……少しだけ
“楽しかった”だけなんだから――)
「――アイナ?」
不意に、レナードの声……気付けば
貴族達との会話を終えた彼がこちらを見ていた。
「どうした?……顔色が悪いぞ」
「……大丈夫です」
――反射的に笑う。
でも……上手く笑えていない自覚があった。
「そうか……では、少し休もう」
レナードは、そっと彼女の手を取る。
その優しさが、今は余計に苦しい――
◆
――露台。
夜風が冷たくて……王都の灯りが、揺れている。
「……少し寒かったか?」
「いえ」
アイナの返事を待たずに、
レナードは彼女の肩へそっと上着を掛けようとする。
だが――
「……っ」
アイナは、思わず一歩下がっていた。
「アイナ?」
レナードが僅かに目を見開く。
だが、アイナ自身も驚いていた……今。
『逃げた』
彼から――
「す、すみませんっ……」
「何かあったのか」
「べ、別に」
「別に、ではないだろう」
――優しい声、心配そうな顔。
だからこそ……胸が痛い。
「……レナード様」
ぽつりと……アイナは
夜景を見つめたまま、呟く――
「私……やっぱり、場違いです」
「そんな事はないと言っている」
「ありますっ!」
――強い、即答だった。
「皆さん綺麗で、ちゃんとしてて
私とは、全てが……違うんです。
……何で、分かってくれないんですか?」
「アイナ……」
「今日だって、私……
レナード様に恥かかせてばっかりで」
――レナードが、静かに眉を寄せる。
「……聞け、アイナ。
良いか?……私は、一度もそんなふうに思っていない」
「でも、周りは思ってます」
――沈黙。
夜風が吹く――
「私は……最近、
ちょっと勘違いしそうだったんです」
「勘違い?」
「ええ………この屋敷に居ても良いのかな?
とか、何かが進み始めたのかなとか……なんか
色々と……って、すみません。
意味、分かりませんよねっ!」
――レナードの目が、僅かに揺れる。
「でも、やっぱり勘違いでしたっ!」
アイナは、小さく笑った……少しだけ。
泣きそうな笑顔で――
「私は、最初から“お客さん”だったんです」
――その瞬間。
レナードの表情が、はっきりと曇った――
「……違う」
低く、静かな声――
「君はそんなものじゃない」
「でも――」
「違う、黙れ」
――レナードが、一歩近付く。
「アイナ」
その声は、今まで聞いた事が無いほど
怖いほどに、真剣だった――
「君が居なくなったら、アストラル家は
二度と……成り立たない。
私も……ッ」
――ぴたり。
レナードが、言葉に詰まる
まるで、何かを飲み込むように――
「済まなかった……もう、帰ろう」
――沈黙の後、彼は静かにそう言った。
「え?」
「もう、充分だ」
「でも夜会は――」
「私が帰りたいと言っている……アイナ」
――そして、レナードは。
そっと……優しく、彼女の手に触れた。
「君が辛い場所に、無理に居る必要はないんだ」
――その瞬間。
アイナの胸にこみ上げた強烈な熱――
(嗚呼……私。
“帰りたい”んだ……アストラル家へ。
白リネンの揺れる中庭へ、
温かい食堂へ……皆の居る場所へ。
“帰りたい”って、思っちゃってるんだ……)
その事実に気付いた瞬間。
アイナの胸は、強く震えた――




