第26話:煌めく『不安』と踊れない灰かぶり
――夜会会場。
「はぁ~っ……」
アイナは、壁際で小さく息を吐いていた。
眩しい……何もかも。
煌びやかな灯り、華やかな音楽
笑い声……全てが、別世界だった。
『もう、離さない』
……そう言ってくれた彼の言葉が唯一の支えだった。
だからこそ、ほんの少し手が離れただけで不安を感じる。
「……何不安になってんのよ、アイナ。
レナード様は、飲み物を取りに行ってるだけじゃない」
分かっているからこそ、自分が情けなかった。
でも、刺さった“棘”は
簡単に彼女を離してはくれない――
「やっぱり、場違いだな……私」
――ぽつりと本音が漏れる。
周囲の令嬢達は皆、洗練されている。
笑い方、立ち振る舞い……ドレスの裾捌き一つさえも
全部……自分とは違う。
(早く、帰りたい……)
心の底からそう思った、瞬間――
「アイナ」
――振り向くと
飲み物を持ったレナードが立っていた。
「待たせて済まなかったな……少し、休むと良い」
「あ……ありがとうございます」
――グラスを受け取る。
『冷たい果実水』
ほんの少しだけ、強張った身体が落ち着く。
「……疲れたか?」
「その……正直、少しだけ」
「済まない、無理をさせたな」
――レナードの手に力が入る。
その瞬間――
「ち、違いますっ!」
――アイナは、思わず首を振っていた。
「レナード様は悪くありません!」
「いや、だが――」
「私が勝手に緊張してるだけです!」
――本当は、ずっと分かっていた。
レナードがずっと気遣ってくれていた事を
歩幅も、会話も、視線さえも……全て。
「アイナ、君は時々……いや、殆ど毎回だが。
少々、自分を低く見積もり過ぎな節がある」
「えっ……?」
「周りを見てみろ……皆、君を見つめている」
「そ、それは場違いなメイドが居るから――」
「いいや……違う」
――静かな否定。
そして――
「君が、綺麗だからだ」
「に゛ゃん?!」
――不安が吹っ飛ぶほどの真っ直ぐさに
アイナの顔はみるみるうちに真っ赤になった。
恥ずかしさのあまり、
顔を背けることさえ出来ないまま――
「なっ……何でそんな恥ずかしい事
へ、平然と言えるんですかぁっ……!」
「恥ずかしい?……本当の事だが」
「み゛ゃん!?ほっ、本当でも駄目ですぅっ!!」
――涙目のアイナ。
一方……レナードは何故か少し楽しそうだった。
そして、その時……音楽が変わった。
ゆったりとした、舞踏曲。
周囲の貴族達は、次々と舞踏場に向かい始める。
そして、アイナは息を呑んだ――
「あ……」(これ“舞踏会”っていうヤツだ……)
――ドレスが舞い、灯りが反射する
まるで、夢のような光景だった。
だが――
「――レナード公爵様」
甘い声……其処には、美しい令嬢が立っていた。
「宜しければ、一曲お相手願えませんか?」
アイナの胸が、ぴくりと揺れる。
(って……当たり前よね)
……レナードは“公爵”だ。
貴族社会の中心であり、踊りへ誘われるのも当然。
そもそも、今回の夜会は彼の生誕祭を兼ねた物だ。
全ては、当たり前の状況の筈……なのに。
何故だか、アイナの胸の奥は
少しだけもやついていた――
……
「申し訳ありません」
レナードは、穏やかに微笑む。
「今夜は、一人に出来ないので」
「……えっ?」
令嬢が目を瞬かせる――そして。
レナードは、アイナへと視線を向けた。
「アイナ」
「……へ?」
「踊れるな?」
――世界が止まった。
そして――
「む、無理ですぅぅぅッ!!」
――即答だった。
「わ、私ダンスなんて知りませんし!?
絶対に踏みますし!?死にますし!?」
「死にはしない」
「社会的に死ぬんですぅぅぅっ!!」
――半泣きである。
すると、レナードは小さく笑った。
「大丈夫だ」
そして……そっと、再び手を差し出す。
「私が合わせる……大丈夫だ」
「っ……!」
――どくん。
胸が、大きく跳ねた。
「でっ、出来なくても……笑いませんか?」
気付けば、そんな言葉が漏れていた。
レナードは少しだけ目を細め――
「当たり前だ」
「……本当に?」
「君が転びそうなら支える。
エスコートとは、そういうものだ」
「で、でも……っ」
「だから、安心しろ」
――優しい声だった。
その声を聞いた瞬間、不思議と怖さが薄れた。
「い……一曲だけですよ?」
「ふっ、充分だ」
――レナードが笑う。
その顔は何処か嬉しそうで……また、胸が苦しくなる。
「わ、わかりましたっ……」
◆
――舞踏場へと至る道
レナードに手を引かれ、自然と開かれる“花道”に――
「ひぃぃぃ……」
――アイナは、完全に硬直していた。
周囲の視線が痛い……だが。
「力を抜け……大丈夫だ。もう、離さない」
レナードの手が、そっと背中を支える。
「アイナ、呼吸だ……普通にしろ」
「む、無理ですぅっ……」
……俯くアイナ、だが。
「私を見ろ……私と同じように呼吸をすればいい」
「へっ……」
――言われるがまま、
アイナはレナードを見上げた。
……穏やかな瞳。
柔らかな笑み……不思議と落ち着く。
だが――
「み゛ゃん!?……ち、近いですっ!」
「踊るんだから当たり前だろう。
さて……一歩ずつで良い。
曲に合わせる必要はない――“向こう”が合わせる」
「えっ?!ち、ちょっとっ!――」
一歩……二歩……ゆっくりと。
レナードは、全てを合わせてくれている。
というか……音楽が、遅くなっていた。
「へっ……?」
「ふっ……“大丈夫だ”と言っただろう?」
「ち、ちょっと……ズルいです」
「ふっ……仮にも私は公爵だ。
そして、今日は私を祝う日でもある――
――誰にも、邪魔はさせない」
「かぁぁぁ……っ……」
(楽しい……場違いの筈なのに。
レナード様と一緒だと……少しだけ。
怖くない――)
周囲の貴族たちは、ざわついていた――
「アストラル公爵が……」
「あの女性のために、空気さえ変えられたぞ……」
「まさか、許嫁なのか?……」
――その言葉を聞いた瞬間。
アイナは“沸騰”していた――
「ぴぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」
「そ、それは……どこから出ている音だ?」
――だが、レナードだけは
彼女の手を離さないまま静かに笑っていた。
まるで、この時間を
少しでも長く続けたいと願っているかのように――




