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『メイドさんは出て行きたいッ!』~誕生日を忘れられたので辞表を書いたら、無自覚な家事技術で世界を救う聖女だと勘違いされました~  作者: 黒崎 凱


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第25話:王の『灯り』と場違いな灰かぶり

――“天界へと至る聖女事件”の直後


外には、黒塗りの馬車が用意されていた。


門灯に照らされ輝く車体

銀で施された公爵家の紋章……アイナには

目に映る全てが童話の様だった。


「うわぁ……」


……気が抜けるようなアイナの声。


「どうした?……この馬車は気に入らないか?」


「い、いや……馬車じゃなくて。

私が……場違いだなぁって……」


「……なんだ、そんな事か」


「な゛っ、何だって何ですかっ!」


「私には……何一つ違和感がないのだが」


「そ、それは……レナード様がおかしいんです」


「そうか……綺麗だと思ったのだが」


「はぅっ?!……そっ、そういうこと

真顔で言わないでくださいっ!

ばっ……馬車!乗りますよっ!


早くっ!――」


誤魔化すように馬車へと飛び乗ったアイナ

遅れること数秒……ふっ、と笑みを浮かべ

ゆっくりと乗り込んだレナード。


直後、御者によって閉められた扉


……馬車が、ゆっくりと動き出す。


窓の外で、屋敷が遠ざかっていく――


(やっぱり……不安だ……)


その思いが、夜会へ向かうことへの不安なのか

屋敷が遠ざかっていくことへの寂しさなのか。


アイナには、よく分からなかった。


――遠ざかっていく灯り

夜道を進む馬車は、彼女を僅かに悩ませた。


◆


――王都を目指し走り続けていた馬車。

一方のアイナは、馬車の窓へ張り付いていた。


「な、何これ……」


見渡す限りの煌《きら》びやかな景色

石畳、街灯……行き交う馬車。


夜だというのに、街は光り輝いていた――


「……王都に来るのは、初めてか?」


隣から聞こえたレナードの声

アイナは、振り返りもせずこくこくと頷いた。


「に、人間って……こんなに居るんですね……」


「ふふっ……今日は特に多いが

王都は何時もこんな物だ」


――外を眺めながらそう言ったレナードの声に

アイナは急激に現実へと引き戻される――


(って……ち、近い……)


馬車、密室、正装……黒礼服のレナードは

いつもよりずっと“公爵家当主”で――


「あの、レナード様……やっぱり変だなと思ったら

直ぐに言って下さい、馬車に逃げときますからっ!」


「分かった……なら、その時は私も逃げるとしよう」


レナードは、穏やかに笑みを浮かべて居た。


「だ、駄目ですっ!今日はレナード様の……」


『誕生日』


その単語を思い浮かべ

再び彼女の心に棘が刺さる――


「……大事な日、なんですから」


――絞り出すように、抑えるように言った彼女は

この後、到着までの間俯(うつむ)き続けた――


◆


――馬車が停車する。


「到着致しました」


御者の声に顔を上げた、瞬間――


「……うわぁ」


アイナは、思わず息を呑んだ。


会場となる巨大な白亜の建物は

過剰なほどの灯りと装飾に包まれ

気品漂う音楽が、微かに漏れ聞こえていた。


「……行こうか」


いつの間にか降車して居たレナードは

余りに自然に手を差し出している。


「あ……っ……ありがとう……ございます……」


戸惑いながらも差し出された手を握ったアイナ


……その温もりだけが

今の彼女に与えられた唯一の安心だった――


◆


――レナードに手を引かれ入場したアイナ。

だが、扉の向こうはあまりに別世界で――


「うっ……」


――天井に吊るされたシャンデリア

磨き上げられた床に反射する灯り。


等間隔に並んだ衛兵たち。

そして、花と香水の混じった甘い空気。


それら全てが、アイナには眩し過ぎて――


(うぅっ……やっぱり無理。

私なんか場違いだって……)


――お屋敷では輝いて見えた自らの姿

だが、今のアイナの眼には

まるで灰でも被ったかのように見えて居た。


そんな中、彼女へと差し向けられた

大量の視線――


「……アストラル公爵家だ」

「レナード公だ……」

「隣の女性は何者かしら……?」


――ざわり。

アイナは、思わずレナードの服の袖を掴んだ。


(む、無理……帰りたい……)


目に映る全てが洗練されている。

所作も、笑顔も……立ち姿さえも。


『貴女は居るべきでは無いわ?』


そう、言われた様に感じるほど――


「……アイナ」


不意に、レナードが小さく名を呼ぶ。


「は、はい……帰ります……か?」


「馬鹿を言うな、来たばかりだ。

それと……大丈夫だ」


「レ、レナード様……」


終始、優しい笑みを向け

決して責めないレナードの態度に

漸《ようや》く、まともに呼吸が出来始めたアイナ。


だが――


「おや?……おやおや?」


――不意に発せられた聞き慣れない声。

振り向くと、其処には派手な装飾服の青年が立っていた。


「これはこれは……レナードじゃないか」


「ああ……クラウスか」


――瞬間

レナードの声は僅かに硬くなった。


「いやはや……随分久しぶりだねぇ?

最近、全然王都へ出て来ないから

領地へ引き篭もりでもしているのかと思ったよ」


……軽く、あしらうような笑い

言葉の端々から感じられる、妙な“棘《トゲ》”――


「……で?」


――クラウスは、にやりと笑みを浮かべ

アイナへと目を移し――


「こちらのお嬢さんは?」


「私の専属メイドだ」


「へぇ?……」


――値踏みするような視線。

アイナは、思わず身を固くした。


「ほう……随分可愛らしいじゃないか。

君、本当にメイドなの?」


「は……はい……」


「そう……良ければ今度、うちへ来ない?」


その瞬間――明らかに空気が変わった。


「断る」


……毅然としたレナードの声。

それは、低く……恐ろしいほどに静かだった。


「アイナは、我がアストラル家の人間だ」


「おぉっと……怖い怖い」


――戯けたように肩を竦《すく》めるクラウス。

だが、その口元は笑っていて――


「いやぁ~……安心したよ」


「……何がだ」


「君にも、ちゃんと“大事なもの”が出来たんだなって」


――レナードの顔が明らかに曇った。

そして、それはアイナにも伝わっていた。


……痛いほどではない。

だが、確実に……レナードの手が

少しだけ強くアイナを繋ぎ止めたから――


「さて、私はこれで……またね?アイナちゃん」


――ずぃっ、と近付いたクラウス。

レナードは咄嗟にアイナを引き寄せ――


「行くぞ」


――少し強引に歩き出す。

去り際……クラウスは、背中越しに小さく嘲笑《わら》った。


「気を付けなよ?レナード。

大切なものほど、失う時は一瞬だ……ふふっ」


瞬間、アイナの背に走った嫌な寒気――


……


「大丈……いや、すまなかった」


僅かに早足で歩きながら、レナードは小さく声を掛けた。


「い、いえその……私は……」


「隠すな……顔色が悪い」


「きっ……緊張してる……だけ……ですから

だ、大丈夫です……」


真っ赤な嘘だった――


『大切なものほど、失う時は一瞬』


――クラウスの“言葉《トゲ》”が根深く突き刺さっていた。


「アイナ」


「はい!大丈夫ですっ!」


……再び、嘘をついたアイナ

レナードはそんな彼女の手を握り直し――


「大丈夫では、無いだろう」


「はい……っ」


――隠しきれない震え。

レナードは目を細め、静かに頷《うなず》いた。


「済まなかった……もう、離さない」


その言葉は、まるで誓いの様で――


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