第23話:『夜会』
――“添え状の乱”から数日後。
その残り火は……この日。
アイナに“よくわからない”状況を
齎していた――
……
「嫌」
――アイナは
鏡の前で……“ぷるぷる”していた。
「い、嫌ですっ……」
「まぁまぁアイナ様っ!」
「お似合いですって!」
「凄く可愛いですわっ!」
「いっ……嫌なものは嫌なんですぅぅぅッ!!」
――本日のアストラル家。
朝から、修羅場である――
「っていうか、何で私が
『夜会』へ行く事になってるんですかっ!?」
――アイナは、全力で抵抗していた。
大勢のメイドたちに囲まれ、
綺羅びやかな衣装を着せられていたアイナ。
淡い青白色のドレス……だが、どちらかと言えば
白に近い、とても微かな青……それはまるで。
“ブルーイングした白リネン”のような色だった。
何れにせよ、凡そ
メイドという職業からはかけ離れたその姿は
まさに『聖女』と呼ぶべきもので……
……一方、当然と言うべきか
本人は顔を真っ赤にしながら
部屋の端の方で祈りを捧げている幾人かのメイドへ
全力ツッコミを入れていた――
「其処ぉッ祈るなァァァッ!!」
「……そ、そう仰られましても
若様の御命令ですので……」
「祈りを捧げるのは別問題ですッ!!!」
「それは……私たちも御加護を頂きたいだけです」
「加護なんてありませんっ!恥ずかしいだけですっ!」
「それがまた良いんじゃないですか!」
「な゛ッ?!……」
「兎に角! 若様はアイナ様に
“使用人代表として同行を”と……」
「嫌ったら嫌ぁぁぁっ!!」
……大騒動である。
そもそもの発端は、前日の夜にあった――
――
『王都の夜会には、君にも来てほしい』
……夜、皆が集まる食堂にて
レナードは、あまりにも自然に言った。
それは、夕食のおかわりを頼むかの様に――
『は?……嫌です』
『何故だ』
『何故も何も、貴族夜会なんて場違いでしょうが!』
『……そんな事はない。
アイナ……君は、アストラル家の大切な人間だ。
君を場違いだと罵る者が居るのなら、私が許さない』
――
「だぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」
「「「「「アイナ様っ!?」」」」」
――思い出した瞬間、再び顔が熱くなる。
そんな中、メイド長はアイナの首元に
ネックレスを添えた――
「き……綺麗」
――思わず漏れた声。
白に近い、柔らかな青。
庶民の出自を持つアイナには
これが何の宝石かなど分からなかった。
唯、その美しさに目を奪われた――
「宝飾類もですが、ドレス……若様が選ばれたんですよ?」
「えっ……?」
――強く、心臓が跳ねる。
「“アイナにはこの色だ”……そう、仰られていました」
「はぅうっ?!……」
「ふふっ♪……これは
レナード様に報告しておかなければなりませんね」
「止めてよぉぉぉッ!!」
(嗚呼……駄目だ。
本当に駄目だ……何なのよ、もう。
何で、そんな事するのよっ……!)
アイナは、ぎゅっとドレスを握る。
綺麗だと分かっている
似合っているとも分かっている
凄く……嬉しい、でも。
だからこそ、胸の奥が……少しだけ。
“痛い”――
『誕生日』
――その棘が、まだ残っているから。
「似合いません……私には」
ぽつり、と嘘が溢れた――
「そんな事ありません!」
「絶対綺麗ですって!」
「若様、絶対腰抜かします!下手すると……ぽっ」
「抜かしませんッ!!
って言うか、何で照れたんですかねぇぇぇッ?! 」
――真っ赤になって否定するアイナ。
だが、メイド長だけは真剣に彼女を見つめていた。
「……怖いのですか?」
「え?」
「夜会に同行することです」
――アイナは、少し俯き
そして……小さく頷いた。
「私、元々こういう場所の人間じゃないんです」
抑えていた感情が溢れ出す。
「貴族の夜会とか、綺麗なドレスとか
白い憧れ……全て、見て居るだけの世界だったから。
だから、もし何か間違えたらって思うと……」
『怖い』……その言葉だけは、口に出せなかった。
だが、メイド長は優しく笑い……
「そうですか……ですが。
アイナ様?……若様は
貴女を“飾る為に連れて行こう”と
されている訳ではありませんよ?
あくまで、わたくしの戯言ではありますが
若様は……『一緒に行きたい』とお考えなのです」
「そんなの、本当に……ざ、戯言ですっ……」
一秒たりとも落ち着いてはくれない胸の高鳴りに
アイナは、限界だった。
そして、その日の夕方――
◆
「もう、何なのよっ……」
――アイナは、一人で中庭に居た。
いつもの様に風に揺れる白のリネン
秋薔薇と、少し冷たい空気――
「……でも、どうしよう」
『夜会なんて嫌だ、怖い……場違いだ』
……そう思う反面、レナードを思い浮かべると
少しだけ胸が温かくなる。
「断ったら……傷つけちゃうのかな……」
「アイナ」
不意に投げ掛けられた声……振り向くと
其処にはレナードが立っていた。
「にゃぃッ!? ……な、何ですか?!」
「すまない、驚かせたか」
「だっ、大丈夫ですっ!」
「そうか?少し、珍しい鳴き声が……」
「してませんッ!……って言うか、何ですか?」
「ああ、そうだった……アイナ
ドレスは……気に入らなかったのか?」
「はべひっ……?!」
――直球だった。
「べ、別にそういう訳じゃ……き、綺麗でした」
「そうか……なら、良かった」
ほっとしたように笑うレナード
その顔を見た瞬間……また胸が苦しくなる。
「な、何で……」
……気付けば、口が動いていた。
「何で……私を連れて行きたいんですか?」
意を決した彼女の問いに
レナードは笑みを浮かべて言った――
「それは、君が居ると安心するからだ」
「な゛ッ……?!」
――レナードは
中庭を見回し更に続けた。
白リネン、バラ園、紫陽花……そして
純白の噴水――
「今のアストラル家は、君が支えている。
だからこそ……一緒に来てほしい」
――真っ直ぐな声だった。
誤魔化しも、打算も……“戯言”さえも無い。
唯、気持ちだけが真っ直ぐに伝わってくる。
(なんで……そんな真っ直ぐに
なんで、そんな……ずるい言い方するのよ……っ!)
アイナは、ぎゅっと服の裾を握った。
(そんな風に言われたら……本当に
断れなくなるじゃない……)
――その時だった。
「ホップ!ステップ!……大変ですだァァァッ!!!」
「危機感の欠如ッ!!!って、今度は何ですかッ?!」
この瞬間、ジョセフの顔は何故か晴れやかで――
「し、使用人達が――
『若様が聖女様へ正式な求婚衣装を』
――とか言いながら
屋敷中で鐘を鳴らし始めましただぁぁぁッ!!」
「直ちに止めなさいよぉぉぉッ!!!」
――アイナの絶叫が夕暮れの中庭へ響き渡る。
だが、その一方……レナードだけは
少しだけ照れたように微笑んでいた。
その表情を見た瞬間……アイナの胸は
また、少しだけ騒がしくなった。




