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『メイドさんは出て行きたいッ!』~誕生日を忘れられたので辞表を書いたら、無自覚な家事技術で世界を救う聖女だと勘違いされました~  作者: 黒崎 凱


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第22話:『招待状』

――ある日の事。


アイナは、使用人用“伝達板”の前で足を止めていた。


「……なにこれ?」


そこに貼られていた一枚の紙。


……美しい金縁、滑らかな手触り。

複雑な地模様と共に、紋章の空押しが施されたそれは

見るからに異質な『添え状』だった――


「お、王都の夜会……?」


――思わず読み上げてしまったアイナ。


「あ~来週ある貴族夜会の話ですだよ」


「へぇ……そうなんだ」


アイナは、無関心に応えた。


“貴族の夜会など、自分には別世界だ”


……そう、考えていたから。


だが、次の瞬間。

アイナの視線は、添え状の一文に釘付けとなった――


【アストラル家当主


レナード・アストラル殿


御生誕祝賀を兼ね――】


――空気が、止まった。


(ご生誕……誕生日……)


その“単語”を見た瞬間……胸の奥へ、

ずっと刺さっていた棘が疼《うず》いた――


『誕生日を盛大に祝う』


――あの日、期待した言葉。


とても、楽しみだった……だからこそ。

忘れられていると気付いた時

あんなにも傷付いたのだ――


「……何よ」


「アイナ様、大丈夫だか?……顔色悪いですだよ?」


「別に、大丈夫だから」


――その声は、少し硬かった。


「そ……そう言えば、若様の誕生日

毎年、王都側が勝手に夜会開くらしいだよ?」


「毎年?……っていうか

勝手にって何よ、勝手にって……」


「んだ、でも若様は嫌がってるらしいだ」


――その瞬間

胸の奥で、何かが小さく軋んだ――


「はぁ?……嫌がってる?」


「んだ」


(……覚えてるんだ

自分の誕生日は、ちゃんと)


「……そう、ありがとジョセフ」


思わず、ぎゅっと唇を噛み

伝達板の前から足早に立ち去ったアイナ――


“どうして、自分の時だけ”


――後から入った者たちは

誰も、忘れられてなどいなかった。


反面……羨ましく思うことも

寂しいと思うことさえも

全てが、惨めな思いに繋がる様な気がして――


「ア、アイナ様?……」


「ごめん、急いでるから」


◆


――その日の午後。


珍しく、仕事は立て込んでいなかった。

屋敷の中も、穏やか過ぎるほど穏やかで。


そのことに少し苛立ちながら

アイナは、少し早足で屋敷内を見回っていた。


すると――


「ん?……アイナ」


――不意に呼ばれ、アイナは肩を震わせた。

声を掛けたのはレナードだった。


「な……何ですか?」


「いや……」


……レナードは少し、たじろいだ。

僅かだが、明らかな違和感……いつもより

ほんの少し、アイナの声が硬い。


「アイナ……何かあったのか?」


「いえ、別に……その、仕事がありますので」


――くるり、と。

逃げるように背を向ける。


だが。


「無理は、しないでくれ」


「っ……!して……ません」


そう答えて、アイナは歩き出した。

いつもより少しだけ速く。


……立ち止まれば

伝えてしまいそうだったから――


◆


「最低……最低っ……」


――早足で廊下を歩きながら

胸の痛みを必死に誤魔化す。


……誤魔化さなければ

叫んでしまいそうだったから。


最近、忘れかけていた痛み。


……屋敷の温かさに触れ、皆の優しさに触れ

レナードという存在を知り始めてしまったから。


だから……傷が消えた気になっていた。


だが……違う。


まだ、ちゃんと


“痛い”――


◆


――何処に向かうとも無く、来てしまった中庭。


「駄目だ……落ち着かなきゃ。

早く、落ち着かなきゃ――」


『しゃき、しゃき、しゃき』


貰ったばかりの鋏《はさみ》で枝を切る

いつもなら、心穏やかになるだろう剪定作業

なのに、今日は……妙に胸がざわついた。


「――最低だ」


ぽつり、と漏れた本音


「何がですだ?」


「ひゃぁっ!?」


突如として現れたジョセフ

アイナは垂直に飛び上がった。


「なっ、何なのよ急に!」


「いや、何だか難しい顔をしてるだなぁと思って」


「し……してないわよ」


――図星だった。


「もしかして……おらが怒らせただか?」


「ちがう……わよ」


「おらは関係ないだか?」


「ない……と思う」


「それは、ある人間の口振りだ」


「う、煩いわねっ!!今は……ほっといてよ」


「いやだ」


「なっ……何でよ!? 」


「刃物持って冷静じゃないアイナ様は危ねえだ」


「な゛っ……」


「それに、おら……始めてそんなアイナ様見ただ。

理由教えてくれねえなら……おら、泣くだ」


「な、何よ!泣けばいいじゃない!」


……暫しの言い合いの後。

アイナは、観念した様に口を開いた――


「私、最低なんです……」


「何があっただ?」


「レナード様、ちゃんと優しいのに。

凄く……頑張ってるし、気も遣ってくれるのに。

なのに、私……まだ怒ってるから。


でも……最近、少し楽しかったんです。


皆が笑ってて、屋敷が綺麗になって

ご飯が温かくて……でも、ある言葉を聞いた瞬間。


また、思い出しちゃって……」


『誕生日を盛大に祝う』


――あの日、強烈に彼女を期待させた求人の情報。


期待と落胆、寂しさと温かさ。

良しも悪しも……その全てが

今、アイナを苦しめていた――


「なんだかわかんねえだが……当然ですだ」


ジョセフが静かに言った。


「えっ?」


「怪我は癒えても、

怪我した事実を無かった事には出来ない。

どれだけ今が平和でも、痛かった記憶は憶えてるんだ」


――アイナは、少しだけ目を見開いた。


「でも……アイナ様はそれでも見放さねえだ。

だから、苦しくもなるんだ。


当然だ……って。


伝えるの忘れてただ……大変ですだァァァッ!!!」


「真横で煩《うるさ》ァァァァァいっ!

……って、今度は何ですか?」


ジョセフは突如として叫んだ。


「し、使用人たちが――


『若様の生誕祭はきっと聖女様が何らかの祝福を授ける筈だ』


――とか言いながら

勝手に出し物の準備を始めてただぁぁッ!!」


「誰が『授ける』って言いましたぁぁぁッ?!」


――アイナの絶叫が秋空へ響き渡る。


だが、その一方……胸の奥では

ずっと刺さったままの棘が

まだ、小さく疼いていた――


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