第21話:ほどけた先の温もり
――“鋏の祭壇事件”から数日後。
「うぅっ……さっむい」
早朝。
アイナは中庭で、ぶるりと肩を震わせていた。
季節は、少しずつ移り変わり
朝夕の冷え込みは、日に日に強くなっている。
「もう、こんな時期なのね……さむぅいっ!
へぶしっ!……ぁ~っ」
吐く息が、白い――
「アイナ様ーッ!」
そんな中、相変わらず薄着なジョセフが
大きな籠を抱え、駆けてきた。
「これ!衣替え用の洗濯物ですだ!」
「お……多いわね?!」
「倉庫整理してたら
古い防寒具が山ほど出てきただ。
でも、殆ど埃だらけだったから
全部洗濯場に持っていっただよ!」
「え……これで終わりじゃないの?」
「そんな訳ねえだよ!アッハッハ!」
「い、嫌な予感しかしないわね……」
◆
――暫くの後、洗濯場にて
「うわぁ……」
アイナは、山積みの衣類を見て眉を顰めた。
……コート、ストール、手袋。
そして――
「うわ、これ……っ……」
アイナが手に取ったのは一着のセーターだった。
だが……袖は伸び、全体的に型崩れを起こし、
毛糸も僅かに毛羽立っている。
「これ……傷んでるけど、
長く使われてた感じがあるわね」
「それ、若様のだそうですだよ?」
「え?……って、言われてみれば」
「匂いでもしただか?」
「ちちちっ違っがうわよっ!!!」
柔らかい毛糸……かなり上質だ。
恐らく手入れもされていたのだろう。
少なくとも、昔は――
「それ、捨てる予定の山でしただ」
――ぴくり、とアイナの眉が動く。
「はぁ~っ……またですか」
「へ? 」
「何でも捨てようとするの
本当に良くない癖ですよね……このお屋敷の」
――低い声だった。
ジョセフが慌てて後退る。
「お、おらが捨てるって言い始めたんじゃねえだ?!」
「分かってます……それより。
コメの研ぎ汁、あります?」
「あ~……また始まったですだ。
飲むんだか?」
「飲まないわよ!!……でも、お肌には優しいみたいよ?」
「塗りたくないですだ……拷問みたいですだ」
――遠い目をするジョセフ。
「な、何かあったの?……」
「いいや?ただ想像したら怖かっただけですだ」
「な゛っ……行くわよっ!!」
◆
――なんやかんやで厨房。
「……さてと。
セーターとかニットって
洗うと型崩れしやすいんです」
アイナはそう説明しながら
桶にコメの研ぎ汁を注いだ。
「……でも、コメの研ぎ汁を使うと
繊維が整いやすいんです。
何が効いているのかまでは分かりませんけど、
お母さんが教えてくれた方法なんです!」
「こ、米が……」
「衣服を癒す……」
「また神秘だ……母神様も居るのか……」
「生活知識ですッ!!あと、母は人間です!」
「母“は”って言っただ、アイナ様」
「其処ォッ!意味深に受け取らないッ!!! 」
今日も今日とて絶好調なアストラル家の使用人たち。
……何はともあれ。
この後――
……
『ちゃぷん』
セーターがゆっくりと研ぎ汁へ沈められた
アイナの優しい手つき。
……伸びた袖を整え、崩れた形を戻し
毛流れを撫でてやる……それはまるで
“傷付いた何か”を修復するように――
「おぉ……神々しい」
「神秘的だ……」
「水音が綺麗だ……」
「ええ……物が綺麗になる姿って
みてて気持ちいいですよね」
――使用人たちの問いへと穏やかに応えたアイナ
そんな中――
「そ……そのセーターは」
不意に聞こえた声に、アイナは手を止めた。
振り向くと、そこにはレナードが立っていた。
「レナード様……?」
「懐かしいな……探していたのだが」
「え?」
アイナの驚愕、それには触れず
レナードは少し目を細めつつセーターへと近付いた。
「これは……母が選んでくれた物なんだ」
「……」
――アイナの手が止まる。
そして、尚もレナードは語り続けた。
「……幼い頃、寒がりだった私へ
毎年、何かしら持って来てくれてな……」
レナードは、思い出を見つめ笑った。
そして――
「……だが。
母が亡くなってからは……あまり、着なくなった」
――静かな声だった。
「そんなの……勿体ないです」
ぽつりと、アイナは呟いた――
「こんなに良い物なのに……」
――アイナは
濡れた袖を丁寧に整えながら続けた。
「……大切な物ほど
ちゃんと使ってあげないと、駄目なんです。
使わないまま仕舞う方が……ずっと寂しいんです。
それに……“危ない所”でしたし」
――その瞬間
レナードが少しだけ目を見開いた。
「危ない所? ……何があった」
レナードの問いにジョセフが冷や汗を垂らす中
アイナはさらりと答えた。
「捨てる予定の山に混ざってました」
「……そうか。
では、また君が……私を救ってくれたのだな」
「わ……私は別に……とっ、とにかくっ!!
つけ置きすぎても良くないのでっ!……」
――精一杯の照れ隠しだった。
“誰かの大切な物を護りたい”
彼女の、メイドとしての矜持であり
真心を、真正面から認めてくれる様なレナードの言葉。
それは、アイナの
幼き日の記憶を蘇らせた――
――
『アイナ……大事なものはね。
ちゃんと触れてあげないと、寂しくなっちゃうの』
暖炉の前……毛布へ包まれた小さな自分
『物も、人も……ただ触れればいいだけじゃないの
愛は、綺麗なだけでは無いの。
真心を込めること。
その人のため、その物のために
何が必要かを考えること。
……アイナならきっと、分かるわ』
『ママは……アイナのこと、真心?』
『ええ、言葉では説明できない程、真心よっ♪ふふふっ♪』
――
「――アイナ?」
「っ! な、何でもありません!
ち、ちょっと此処からは急ぎますのでっ!! ――」
――慌てて現実へ戻り
セーターを誤魔化す様に撫でた。
そして、数時間後――
◆
「「「「「おぉっ……」」」」」
使用人たちが一斉に息を呑む。
そこにあったのは――
在りし日の形を取り戻した
思い出のセーターだった。
……伸びていた袖は整い
崩れていた肩も戻り、毛並みまで柔らかい――
「す、凄ぇ……」
「新品みたいだ……!」
「聖女様が失われた温もりを……!」
「流石に、新品にはなりませんけど
でも……また、温かさを与えてくれる筈です。
……あと、聖女じゃないです」
照れくさそうにしながらも
アイナの胸の内はどこか温かかった。
そんな中、レナードは――
「私は……母の形見に、もう一度触れられるのだな」
――まだ、少し湿り気の残るセーター
そっと手に取り、感慨に耽りながらそう言った。
「触れるだけじゃなくて、ちゃんと着て下さいね
サイズは……合わないでしょうけど!」
アイナは、少し視線を逸らしながら呟く。
「でも、仕舞いっぱなしは禁止です」
「ふふっ……分かった」
「あと、寒い時は無理しないこと。
それから……夜更かしも、減らして下さい」
「う゛ッ……ど、努力する」
「だから、努力じゃなくて――」
そこまで言い掛けた瞬間――
「大変ですだぁッ!!」
――と、強引に割り込んできたジョセフは
少し、涙目で――
「し、使用人たちが――
『聖女様がコメの神様と意思の疎通をした』
――とか言いながら
感動して泣き崩れておりますだぁぁぁッ!!」
「何で毎回そんな壮大になるのよォォォォォッ!!」
――アイナの絶叫が、秋風の洗濯場へ響き渡る。
その一方……柔らかなセーターを抱えながら、
レナードだけは、静かに目を細めていた。
まるで、遠い冬の日の温もりを
もう一度手にしたように――




