第20話:『切り拓く』もの
――数日後。
「はぁ~ッ……やっぱり、ないわね。
確かに道具箱に仕舞ってたはずなのに……」
アイナは何かを探しながら
中庭で首を傾げていた。
「ねぇ、ジョセフ」
「なんですだ?」
「私の剪定ばさみ、知りません?」
「ああ、ハサミ探してただか!
それなら、若様が持ってった筈ですだ!!」
「いや……何でよ?!」
「知らねえだ、何か切りたいんじゃねえですだか?」
「いや、執務室にあるでしょ……兎に角、ありがと!
ちょっと行ってくるっ!」
◆
――暫くの後、執務室にて。
「レナード様……私の鋏、何処ですか?」
開口一番、僅かに責めるように訊ねたアイナ
対するレナードは、何故か
少しだけ気まずそうに視線を逸らし――
「その、あれは……壊れていただろう?」
「え?」
「刃も歪んでいたし、持ち手も割れていた」
「そ、それは……」
確かにそうだ、長年使っていた物だから、
かなり傷んでいた……だが。
「まだ、使えるんです」
アイナは即答した。
「と……研げば切れますし
持ち手だって、布を巻けば問題ありません」
「君らしいな」
レナードは小さく、少し嬉しげに笑った
そして――
「とは言え、ものには限度がある……安心してくれ
捨ててはいない……それと、遅くなってしまったが。
“代わり”を用意した――」
『ゴトッ』……机の上へ置かれた檜の箱。
「へっ……?」
アイナは、固まった……開かれた箱の中
其処に収められていたのは、一丁の『剪定ばさみ』だった。
……美しい銀色の刃には波紋が入り
手へ馴染みそうな革巻きの持ち手
そして、一切の無駄が無い造り……それは、
一目でアイナに理解させるだけの圧を持っていた。
“良い道具”であると――
「こ……これ」
「ああ、職人に頼んで居た物が漸く届いたんだ。
少し……時間がかかってしまったが」
レナードは穏やかに言う。
「そもそも、アイナは庭仕事をするだろう?」
「は……はい」
「なら、疲れない道具が良いと思ってな。
それで……革手袋に関しては、採寸が必要らしく
折を見てと思っているのだが
色々と間に合っていないのが現状だ……すまん」
「い、いえ……って、本当に高そうですね。これ」
「アイナの技術に見合う物だ」
「はぅうっ?!」
「それに、長く使う物だろう。
なら、半端な物を選ぶべきではないと思った」
「……アリガトウゴザイマス
ツカワセテ、イタダキマス……」
アイナは、そっと鋏へ触れる……握った瞬間
自然と手に吸い付くようだった。
「す……凄い」
――思わず漏れた言葉に
レナードは少しだけ安心した様に笑った。
「……気に入ってくれたか?」
「は、はい……ッ」
――その瞬間
アイナの胸へ妙な熱が込み上げた。
(これ……“ちゃんと選んだ”物だ。
しかも、私のハサミと癖が似てる……)
頭をよぎる幼き日の記憶――
――
『アイナ……良い道具はね
使う人を大事にしてくれるのよ?』
『そうなの?……でも、喋らないよ?』
『いいえ、必ず語り掛けてくれるわ
でも……それには先ず
アイナがちゃんと向き合う事が大切なの』
『そうなんだ……私、沢山
お道具箱さんに話しかけるっ!』
――
「――アイナ? 」
「っ!?」
レナードの声で現実に引き戻されたアイナ
一方のレナードは不安そうにアイナを見つめて居て――
「い、嫌だったか?」
「違いますっ!」
――反射的に否定する。
だが……次の言葉が出てこない。
『凄く嬉しい』
……それを認めた瞬間、
何かが決定的に変わってしまいそうで――
「鋏……ありがとうございます」
――ようやく絞り出した声は
少し、掠れていた。
「そうか……喜んで貰えたのなら良かった」
「たっ……助かります……けどぉっ!
でもッ!!……ま、前の鋏も捨てませんからね!?」
そこだけは譲れず、叫ぶように宣言したアイナに対し
レナードは少し目を丸くしつつも優しく笑った。
「ああ、分かっている」
「え?」
「君は、そういうだろうと思っていた……だから。
箱も……用意して貰った」
……それは、決して派手ではなかった。
だが『宝物』をしまうのに適した
とても、趣のある箱だった。
「あ……ありがとうございます。
えっと……鋏大切に使います」
「ああ」
◆
――その日の午後。
中庭にて――
「き……切りやすい」
『しゃき。しゃき。』
――新しい鋏は驚くほど滑らかだった。
枝への負担は少なく、切る力も要らない。
切った断面が、潰れずに綺麗に残って居る。
「……これ、凄い。
枝が痛くない切り方が出来る……ふふっ♪」
思わず笑みを浮かべ、満足げに剪定をする彼女の姿は
周囲の使用人たちの目を奪った――
「おぉ……何て綺麗な切れ味だ
枝が、切られたことに気付いていないぞ……」
「聖女様の神器だ、いや……庭園を癒す神具だ」
「アイナ様が枝に痛みを与えない事を喜ばれている
やはり、守護天使様だ……!」
「神器じゃなくて高級鋏ですッ!!」
――見慣れたアストラル家の日常
だが――
「なんだかアイナ様……嬉しそうですだ」
――ジョセフの言葉にアイナは答えられなかった。
(……困る)
『しゃき……しゃき……』
枝を整えながら、アイナは胸の奥で呟く。
(困る……こんな風に、道具を選んでくれて
身体を心配されて……そんな事を積み重ねられたら――)
「で、出ていけなく……なるじゃない」
――ぽつり。風へ溶けた小さな本音。
だが、その時――
「今日もそろそろ大変ですだッ!!」
「何よ、その図ったような言い方ァァァッ!!」
駆け寄ってきたジョセフは、興奮した顔で叫んだ。
「し、使用人達が――
『若様が聖女様へ神授の聖具を献上なされた』
――とか言いながら、自分たちの剪定ばさみを持ち寄って
並べ始めましただ~ッ!!」
「剪定してよぉぉぉッ!!! 」
――振り返ると。
花壇の前には、使用人たちの持ち寄った剪定ばさみが
何故か神々しく祀られ始めていた――
「美しい……」
「これは祝福……」
「聖園を守る神器の御同胞……」
「何で鋏に仲間意識が芽生えてるのよォォォッ!!」
――アイナの絶叫が午後の庭園へ響き渡る。
一方……少し離れた廊下から。
レナードだけは、そんな彼女を静かに見つめていた。
その横顔は、どこか穏やかで……少しだけ
大切なものを見るような目をしていた。




