第15話:白へと至る『青』前編
――“堆肥泥人形事件”の翌朝。
「う~ん……」
アイナは、洗濯場で腕を組みながら
まじまじと白布を見つめていた――
「……凄く、惜しい」
その呟きにジョセフは首を傾げた。
「な、何がですだ?」
「白さがないのよ」
「はぇ?……白いですだよ?
黄ばみさえないですだよ?」
――風に揺れる白リネン。
ジョセフの言う通り、確かに綺麗だ……黄ばみも無い。
だが、それでもアイナは納得をしておらず――
「う~ん……ちょっとのことなんだけど
“冴え”が、足りないのよねぇ……」
「さ、冴え?……洗濯物が知性持ったら怖いだよ?」
「もっとこう……“雪みたいな白”になるのよ」
「スルーしないでほしいだッ!」
ジョセフは二つの意味で困惑していた。
そして――
「まさか……アイナ様、また何かするつもりですだな?!」
「言い方ァッ!……失礼ね、ちょっと“青く”するだけよ」
「青く!?……駄目ですだ!
そんなことしたら若様がブルーな気分になるですだ!」
「はいはい」
「か、簡単に流さねぇでほしいだッ!」
……
「――という訳で、これを使います」
数十分後、洗濯場の中央
大きな桶の前でアイナが取り出したのは
小瓶に入った、深い青色の粉末だった――
「こ、これは……」
「青い……」
「ま、まさか……染料……ッ?」
――ざわつく使用人達。
一方、アイナは当然のように頷いた。
「はい、これは青い染料ですし
今からやろうとしてるのは――“ブルーイング”です」
「ブルーインクか……見ればわかるだ」
「……白い布って、黄ばむと
少し黄色っぽく見えるでしょう? 」
「ツッコミ入れてくれないなら
おら、田舎に帰るだ……」
「駄目よ、貴方が居ないと果樹園が枯れちゃうんだから」
「アイナ様は、変な所でグッとこさせるの上手いだ
でも、やっぱりツッコミ少ねえだ……」
「ねぇジョセフ、最初に貴方の袖口で試してみる?」
「だっ、黙って訊くだ!
アイナ様、時々おっかねぇだ~ッ……!」
「あっ……でも
後で貴方の服も綺麗にしてあげるから安心してね!
……さてと、黄ばみってその名の通り黄色なので
青を少しだけ足してあげると、白く見えるんです」
アイナの説明に、使用人たちは口を閉じた
そして、数秒後――
「それは……魔法の話ですだか?」
「違います、ブルーイングです」
「って言う名前の魔法……」
「違います、ブルーイングです……染めますよ?」
「アイナ様、今回怖いだ……で、どうするだ?
青い染料なんか使ったら、全部青くなっちまうだよ?
せめて、水色にしたほうがいいだ!
因みに……おらの好みは緑だ!」
「訊いてません……あと、ジョセフ
貴方の指摘は間違ってないわ?」
「お、おらの指摘?……緑色にするだか?」
「そっちじゃないからぁぁぁッ!!!」
「やっとツッコミ入れてくれただ、これで安心だ。
で……どうするだ?」
「な゛ッ……と、とにかく
少~しだけ、この桶にひと掬い程度……このくらいかな?
それで、このまま本番の布を入れてしまうと失敗した時
大惨事だから、端切れ布で試すと安全なの……見ててね」
アイナの手元で透明だった水が
うっすらと青を帯びていく。
「入れ過ぎると真っ青に成っちゃうから
本当に加減が重要なの……だから
ジョセフが言ってたのって凄く正しかったのよ?」
「こ、怖ぇですだ……自分の才能が」
「其処ぉッ!調子に乗らないッ!
兎に角、試すわね――」
『ちゃぷっ……』
アイナは端切れの白布を、半分だけ青水へと沈めた。
……暫く浸した後、取り上げたそれを絞り、
日光に翳し“様子”を見る――
「うん、バッチリね!」
――満足げな笑みを浮かべたアイナ
一方、使用人たちは驚嘆の声を上げていた。
「おぉぉっ……?!」
「染まってないし……白いぞ?!」
「聖女様が端切れ布に祝福を……!」
「水の精霊が宿ってるだ」
「だからブルーイングだってばァァァッ!!」
……なには、ともあれ。
この後、アイナの許可を受け
続々とブルーイングを施された白リネンは
中庭へと干されて行き――
◆
――風に吹かれ揺れるリネン。
それらは、陽の光を浴び
冴えわたる白を輝かせて居た――
「す、凄い……」
「本当に白くなってる……!」
「何故だ……青を入れたのに……魔法だ!」
「だから、ブルーイングって言ってんでしょうがッ!!」
――絶叫するアイナ
そして――
「ほう、ブルーイングか……器用だな、アイナは。
以前、セルリアード家で見たものは
少し青が強すぎて……変だったが」
――彼は
風に揺れる白布を見上げながら、静かに感嘆した。
「だが、これは……良いな」
「レ、レナード様っ!?……いつの間に」
……そうは言いながらも、彼女は
彼が傍にいる事に気付いていた。
気付いていて、それでも驚いたふりをした。
真っ直ぐな彼の言葉が、嬉しすぎたから――
「ふ、不思議ですっ!すごい不思議ですっ!」
――不意に、若いメイドがぽつりと呟いた。
「な……何がですか?」
「その……前までこの屋敷
ちょっとだけ暗かった様な気がするんですけど
でも、最近……凄く、明るいんですっ!」
そんな彼女の発言に、周囲の使用人たちも頷く――
「あ~分かる」
「空気が違うよな」
「確かに、皆よく笑うようになったよな」
「そうなんですっ!食堂も庭園も綺麗でっ!……」
「あ~……何だか
“生きてる屋敷”って感じがするよな!」
――使用人たちの言葉に空気が少しだけ変わった。
だが……アイナは、何故だか
急に落ち着かなくなった。
「べ……別に、掃除しただけです」
「でっ、でもっ!
アイナ様が動く度に……ですっ!」
「ああ、そうだよな!」
「聖女様の威光だよな!」
「守護天使アイナ様のおかげだよな!」
「だから聖女でも守護天使でもありませんッ!!」
反射的に叫んだ瞬間
レナードは静かに口を開いた。
「ああ、アイナは……聖女ではない」
「へっ……?」
「だが――」
レナードは、冴えわたるリネンを見つめながら
続けた――
「――君が来てから、この屋敷は変わった。
皆、笑うようになり……私も、少しだけ。
息がしやすく成った」
――その言葉はあまりに真っ直ぐで。
だからこそ、アイナの胸へ深く刺さった。
「や……やめてください」
(そんな風に言われたら……)
「――アイナ? 」
「っ!? ……な、何でもありませんっ!」
慌てて顔を背けた――瞬間。
「今日も今日とて大変ですだッ!」
「言い方ぁッ!……って、今度は何?」
最早、安心感さえあるジョセフの絶叫。
「し、使用人たちが――
『聖女様が白へ至る真理へと辿り着いた』
――とか言いながら
青い染料を飲み始めようとしてますだッ!!」
「やめなさいよ、死ぬわよォォォォォッ!!」
アイナの絶叫。
一方……白布の揺れる中、レナードだけが
穏やかな顔で彼女を見つめていた。
それは、まるで
初めて“光を見つけた”かのように。




