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『メイドさんは出て行きたいッ!』~誕生日を忘れられたので辞表を書いたら、無自覚な家事技術で世界を救う聖女だと勘違いされました~  作者: 黒崎 凱


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第13話:黒き『痕』

――“第二次・バラ園の奇跡”


その日の夕刻――


「ふんふふ~んっ♪……ふっふ~ん♪」


――アイナは鼻歌を歌っていた。


理由は単純『バラ園を護れたから』だ。


「やっぱり植物って良いなぁ~っ♪ ……」


風に揺れるバラ……咲き誇る紫陽花《あじさい》

そして、白く蘇った噴水。


……少し前まで荒れていた中庭が

彼女の手で、見違える程の姿へと変貌を遂げた。


その光景を見るたび

彼女は“達成感”を感じていたのだ――


「って……あのメイドさんもこんな気持ちだったのかな?

私を助けてくれた、あの……」


――ふと、そんな事を思った時だった。


「アイナ様ぁぁぁっ! 大変ですだぁぁぁっ! 」


「はいはいジョセフ……今度は何ですか? 」


最早《もはや》、アイナの中で

当たり前と成っていたジョセフの絶叫……だが。


駆け込んで来た彼の顔は酷く青ざめていて――


「若様が……レナード様がぁぁぁっ!!!」


「な……何よ!?」


「大変だ、大変なんだ……死んじまうだっ!!!」


――ただ事ではないその“発言”に

アイナの顔も青ざめた。


「なっ……兎に角、行くわよ!」


◆


レナードの執務室

扉を開けた瞬間――


「な……っ!?」


――アイナは息を呑んだ。


「レ、レナード様ッ……?!

ど……どうされたんですかっ!?」


レナードの左手……其処には、包帯が巻き付けられ

じわり、と……赤黒い血が滲《にじ》んでいた。


「な、何があったんですか……もしかして害獣!?

怪我の具合は!?……お医者様は?!」


……当然のように慌てるアイナ。

一方のレナードは、少し困ったように笑っていて――


「いや、その……恥ずかしい事に

書類棚が倒れて来たのだ。


……君が言う様に『獣と戦っていた』のなら

名誉の負傷とでも思って貰えたのだろうが。

避けるべきだった……支えたんだ、私は」


「なっ……馬鹿なんですか!?

レナード様、馬鹿なんですね!?」


「うっ……病人に其処まで言うとは、手厳しいな」


「良いから!……傷、見せて下さい!」


直後、アイナはレナードに歩み寄り――


「これくらい、大した事は――」


「ありますッ!!」


――ぴしゃりと告げ、

不格好に巻かれた包帯を慎重に解くと

切創《せっそう》を確認した。


……幸い、深くはない。

だが、それでも……かなり痛そうだった。


「これ……消毒は?」


「一応、した」


「一応って何ですか一応って!」


――怒りながらも、アイナの手は妙に優しい。


その様子を見つめながら

レナードは、ぽつりと呟いた。


「アイナ、君は……本当に過保護だな」


「……はぁっ!?」


「少し怪我したくらいで、そんな顔をしなくても」


「そんな顔って……っていうか

少しって何なんですか、少しって!

もうちょっとで死んでたかも知れないんですよ?!

……もし、そうなってたら

こんな話も出来てないんですよ!?」


普段のアイナからは想像も付かない程の剣幕

その姿は、使用人たちの言う

“聖女”などではなく――


「……済まなかった」


「謝ってほしい訳じゃ……ないです」


――何処かスッキリとしないアイナの受け答え。

直後、重苦しい空気の中……アイナは

レナードの傷を治療し、確りと包帯で保護した。


反面……治療中の彼女は

悲しみとも怒りとも取れない様な、

複雑な目をしていた――


……


「……取り敢えず。

これで破傷風とかには成らなくて済みます。

でも、後で改めてお医者さんに見てもらって下さいね」


――僅かに冷たさを感じさせるアイナの受け答え。


「ああ、分かった」


そんな、短い会話の中……これまで

後ろで待機していた『新人メイド』は

おずおずと口を開いた――


「ア、アイナ様……その……問題は

こちらにも……御座いまして……」


――アイナへと差し出された白い布

其処にあったのは、血の付いたシャツだった。


「うわ……凄い、グロい」


「……も、申し訳ありませんっ!

け、穢れですよね……!

も……もう、捨てるしかありませんよねッ……!」


「は?……」


――空気が凍った。

アイナの目が、スッ……っと細くなる。


「今……何て言いました? 」


「えっ……?」


「“捨てる”……って、言いました?」


――静かな声、だが

その場に居た全員が察した――


【あ、これ怒ってる】


――と。


「血が付いたくらいで……諦めないで下さい」


――低い声だった。

アイナは血痕を見つめながら更に続けた――


「汚れたから捨てる……壊れたから捨てる。

そんな事ばっかりしてたら

何処にも、何にも……残らなくなるじゃないですか」


「ア、アイナ……?」


レナードは少し驚いたように目を瞬かせた……だが。

アイナ自身、自分でも驚いていた。


(全く……何でこんなに腹立つのよ)


その瞬間――脳裏へ蘇った幼い日の記憶。


――


雨の中、泥に塗れたパン。


そして――


『中にある“真心”までは届いておりませんよ?』


――白い手、小さなナイフ

汚れた部分だけを切り落とし

優しく包み直してくれた――


『純白の憧れ』


――この日

誰もが諦めるものを救い出してくれた『憧れ』が

今の自分には、不完全に宿ったような気がしていた――


――


「兎に角、急ぎましょう……大根、あります?」


「「「大根?」」」


「ええ、大根です……兎に角、おろし金とボウル

それと大根を持ってきて下さい」


「お、おらが持ってくるだ!」


ジョセフが慌てて走り去る。


……そして

暫くの後――


……


「お待たせしただ!……って、アイナ様

味付けはいらねえだか?」


「ええ、食べませんから……さてと。


……ジョセフ、なんかイラッとしたので

すりおろす作業も貴方に任せますね」


「なっ!?ヒドイ八つ当たりだぁっ!」


……文句を言いながらもジョセフは大根をすりおろす

そして、更に暫くの後……


「別に、レナード様が覚える必要はないんですけど。

皆さんには覚えて貰いたいんです。


先ず……血の痕って、実は

温めちゃうと逆に落ちにくくなるんですよ」


アイナはそう説明しながら

大根をリネン生地に乗せ、そのまま絞り始め――


「だから……これが必要なんです」


――大量に用意された大根の汁。


僅かに白く泡立った透明な汁が

アイナの手によって血痕へと垂らされた直後

アイナは血痕を、とんとん……と別の布で叩き始めた。


すると、血痕はみるみる内に薄まり――


「血、血が消え始めた……!」

「魔法だ……聖なる泉の水だ……」

「穢れが浄化されていくっ……!」


「いや、大根の汁ですけど」


――低く発せられたアイナのツッコミ

だが、アイナの手は止まらない。


優しく、丁寧に……それはまるで

『憧れ』の記憶に触れるかの様に――


「アイナ……君は、本当に物を大切にするんだな」


「当然です、使用人が勝手に旦那様のものを捨て続けたら

お屋敷は空っぽになりますから……それに」


――アイナは視線を落としたまま続けた。


「物も人も……正しく扱えば救い出せるんです」


「ああ……そうだな」


そんな会話から、数十分後――


……


「よし、こんなものですね」


――アイナは満足げに頷き、シャツを掲げた。

血痕は、ほぼ消えていた――


「おぉ……新品みたいだ……!」

「聖女様が血の呪いを……!」

「天使の羽ばたき(トントン)で穢れが消え去った……!」


「だから“呪い”でも“穢れ”でもないからッ!

あと……聖女でも天使でもないからぁぁぁぁぁッ! 」


絶叫するアイナ……だが。

その時――


「済まなかった、それと……ありがとう」


――不意に、レナードがすぐ傍で呟いた。


「へっ……いや、これも仕事ですし

レナード様が謝るような事は……」


「ふ、服だけの話ではない。

心配をしてくれた事が……嬉しかったんだ」


「なっ……」


(だっ、だから……そういう真っ直ぐなの

本当に駄目なんだからぁぁぁっ!!)


――内心でも絶叫したアイナ

そして――


「た、大変ですだッ!!」


「……って、今度は何よッ!?」


何かに気づいたジョセフが叫んだ。


「し、使用人達が――


『聖女様の神聖水で怪我が治る』


――とか言いながら

大根汁を拝み始めましただッ!!」


「大根を神格化するのやめなさいよォォォォォッ!!」


――アイナの悲鳴が、夕暮れの屋敷へ響き渡る。


一方……血痕の消えた白シャツを見つめながら

レナードだけは、どこか穏やかな顔で笑っていた――


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