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『メイドさんは出て行きたいッ!』~誕生日を忘れられたので辞表を書いたら、無自覚な家事技術で世界を救う聖女だと勘違いされました~  作者: 黒崎 凱


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第12話:『白き病』と『白き雨』

――“桃色天使事件”から数日後


「……ふっふ~ん♪」


この日、アイナは少し機嫌が良かった。

その理由は、ごく単純なものであった――


「やっぱり、花が綺麗だと気分良いわね~っ♪」


――中庭、色鮮やかな紫陽花《あじさい》たちが

朝露を纏ってキラキラと輝いている。


青、紫、薄桃色……風に揺れるそれらを見ているだけで

アイナの心は温かくなっていた。


だが、そんな時――


「ア、アイナ様ぁぁぁッ!!」


――ジョセフの絶叫。


「はいはい、今度は何ですか?」


アイナは最早《もはや》……“慣れて”いた。


だが……駆け込んできたジョセフの報告を聞き、

アイナの表情はガラリと変わった。


「ば、薔薇が……薔薇が!!

“白く”なってるですだぁぁぁッ!!」


「は?……白く?」


「“アイナ様が色を吸い取った”って

おらの中で話題ですだぁぁぁっ!! 」


「は゛ぁ~ッ?!

人を妖怪みたいに言わないでよッ!!

兎に角、バラ園に行きますよ!」


……暫くの後、慌てて辿り着いた薔薇園

到着後、直ぐにジョセフの発言の意味を理解したアイナは

思わず顔を顰《しか》めた――


「うわぁ……」


バラの葉に付着した白い粉

庭師たちも恐れ慄《おのの》いていた――


「し、白い呪いだ……」

「薔薇園が侵食されてる……」

「このままでは全滅だ……!」


「そうだ、アイナ様が吸い取ったですだ……」


「其処ぉッ!……変な噂流さないッ!!」


青ざめる庭師達と、顔を真赤にして怒るアイナ。

アストラル家の朝は……とても、騒がしい。


「って……兎に角、早く治療しないと

大切なバラが駄目になっちゃいますから

皆さんも、遊んでないで手伝って下さい」


……気を取り直す様に

アイナは呆れたようにため息を吐いた。


「それと、これは……病気です」


「び、病気?……おらたちにも伝染るだか?」


「食べたら危ないかも知れないけど……って

そうじゃなくて……あくまで植物の病気です。

湿気とか風通しの悪さで広がる類の」


――そう言いながら葉を持ち上げた。


其処に付着していた、白い粉状の何かは

幸いにもまだ感染初期を示していて――


「よし……間に合うわね。

ジョセフ……牛乳持って来て」


「えっと……喉、乾いただか?」


「あと噴霧器」


「えっと……浴びたいだか?」


――アイナの沈黙。

数秒後、怒りに震える手を押さえながら

アイナは――


「……飲ませるにしても、私じゃなくてバラに。

浴びせるにしても、バラに吹きかけないと駄目なの。


……急がないと悪化するから、早くして」


「す、すまねぇだ……他に要るものはあるだか?

飲み物だけじゃなくて、茶菓子も……」


「要りません」


――数十分後。


「……よし」


アイナは木桶へと牛乳を注ぎ、水で薄め始めた。


「先ず……牛乳ですけど、

この病気たちを抑える力があるんです。

薄めて撒けば、バラを……護れる」


「牛乳が……?」

「植物を救う……?」

「ま、まさかぁ……」


――半信半疑な様子の使用人達。

一方、いつの間にか現れていたレナードだけは

アイナの説明を真面目に訊いていた――


「なるほど……つまり、加護を与えるという訳か」


「いや、違いますけど……でも

レナード様の大切なバラを護れるのは確かなので。


では、行きますね――」


『カチャッ』


噴霧器の“安全装置《ロック》”が外される。


そして――


『シャァァァァァッ』


――白い霧が薔薇園へと降り注いだ。


朝日に輝く牛乳の粒子、

使用人たちの目に映るその光景は、まるで

天から舞い降りた“白き加護”のようで――


「お、おぉ……」

「聖なる雨だ……」

「浄化の霧……聖女様が恵みの雨を降らせたぞ……」


「だから病害対策だって言ってるでしょうがッ!!」


――アストラル家の日常。


だが、白い霧の中で作業するアイナは

確かに、幻想的であった。


……純白のエプロン、朝日に透ける髪。

真剣な横顔……その姿を見た使用人達は

更に、息を呑む――


「き……綺麗だ」


――誰かが、ぽつりと漏らした一言を切っ掛けに

使用人たちの眼差しは更に熱くなった。


一方のアイナは――


「う~ん……風通しも悪いわね」


剪定ばさみを手に、薔薇の枝を整えていた。


「……葉を詰まらせ過ぎると湿気が溜まるんです。

植物にも“呼吸”が必要なんですよ……まぁ

このバラ園はレナード様の大切な場所ですし

皆さんが安易に触れなかったのも判るんですけど……」


アイナの言葉にレナードは静かに薔薇を見つめた。


「呼吸か……人と同じだな」


「へっ……?」


「抱え込み過ぎると……駄目になる」


「……」


一瞬、アイナは言葉を失った。

それは、レナードの横顔が疲れて見えたから――


「えっと……レナード様」


「何だ?」


「……ちゃんと寝てます?

最近、また隈《くま》増えてますよ?」


「そ、そんな事は……」


「いいえ……あります。と言うか

レナード様ってお一人で抱え込み過ぎなんです。

だから、ちゃんと誰かに頼って下さいね?」


……暫しの沈黙の後

レナードは少し困ったように笑った。


「ふっ……それが出来れば苦労しないさ」


「でしたら……私に言って下さい」


「なに……?」


「私、メイドなんですから……それくらいします」


そう、当然のように言ったアイナ。

その瞬間、レナードは僅かに目を見開いた。


「成程……皆が言う様に、

君は、本当に聖女なのかも知れないな……」


「なっ……う、煩いですっ!」


……何はともあれ。


この後、数日に渡り

ジョセフと共に適切な処置を繰り返したアイナ。


バラに広がっていた病気は

少しずつ、そのなりを潜め始め……そして。


……幾ばくかの時が過ぎ

白く広がっていた病斑は、ほぼ消えていた。


◆


ある日の事、朝露を纏った薔薇達は

再び、鮮やかな色を取り戻し始めていて――


「な、治ってる……」

「う……薄めた牛乳だったよな?」

「ああ、茶請けも無しだぞ?

や、やはりアイナ様は

天から舞い降りた守護天使様だったんだ……」


「違いますからねぇぇぇッ?!!」


――最早《もはや》

アストラル家の名物と成りかけている“アイナの絶叫”


だが、その時――


「ありがとう」


――絶叫中のアイナへと掛けられた小さな感謝

振り向くと、其処にはレナードの姿があった。

彼は、咲き誇るバラ達を見つめていて――


「ありがとう、再び……母の薔薇を護ってくれて」


――その声は恐ろしいほどに弱々しく

そして、少しだけ寂しげだった。


(良かった……護れて)


そう思った瞬間……ふと

幼い日の記憶が蘇る――


――


『いい?アイナ……大切なものは

ちゃんと手を掛けてあげなきゃ駄目になるの

お友達との関係もそう、貴方の持ち物だってそう。


……リボン、ちゃんと大切にしなさいね?』


『うんっ!ママも大切ぅ~っ♪』


『あらあら♪ママも同じ気持ちよ~♪』


……優しい手、穏やかな声

強く、温かな愛情――


――


「アイナ……私の顔に何かついているか?」


「ひゃぁぃっ!? ……な、何でもありません!」


――慌てて顔を逸らしたアイナ。

そして――


「た、大変ですだぁぁぁッ!!」


「今度は何ですかッ!?」


駆け込んで来たジョセフは半泣きで叫んだ――


「し、使用人達が――


『聖女様の白き祝福を浴びれば美肌になる』


――とか言いながら

牛乳を頭から被り始めましたぁぁぁッ!!」


「やめなさいよォォォォォッ!!」


――振り返ると。


其処には、バラ園の隅で

牛乳まみれになっている使用人たちの姿があった。


「肌が潤ってきた気が……!」

「これは神秘……!」


「掃除が大変でしょうがァァァァァッ!!」


――アイナの悲鳴にも似た絶叫が朝の庭園へ響き渡る。


一方……バラ園の傍らで、レナードだけは

小さく笑いながら彼女を見つめていた――


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