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『メイドさんは出て行きたいッ!』~誕生日を忘れられたので辞表を書いたら、無自覚な家事技術で世界を救う聖女だと勘違いされました~  作者: 黒崎 凱


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第11話:藍より深き、茜よりも滲んだ『花』

――“救いのパン女神”事件から数日後。


「う~ん……はぁ~っ」


この日、アイナは

中庭の花壇を前に目を細めていた。


「……やっぱり、ちょっと弱いわね」


視線の先……そこには

アストラル家自慢の紫陽花《あじさい》が咲いていた。


だが――


「何と言うか……色がぼんやりしてるのよねぇ……」


確かに、花は咲いている……だが

すべての色にどこか“元気”が無い。


すると――


「アイナ様ーっ!」


庭園の向こうから

ジョセフが元気よく駆けてきた――


「其処で何してるですだ?サボりだか?」


「さ、サボってはないけど……紫陽花《あじさい》を見てたのよ」


「へぇ……サボってたんですだな?」


「いや、違うからぁっ!……そうじゃなくて

なんか……足りないと思わない?」


「足りない?……綺麗じゃねぇですだか?」


「うん、綺麗だけど……でも。

“もっと綺麗になる”筈なのよね……」


――その瞬間

ジョセフはハッとしたような表情を浮かべ――


「ま、まさか……紫陽花《あじさい》と

自らの老いを重ねたりする、例のあれですだか!?」


「な゛っ?!……謝れぇっ!全世界の人間に謝れぇぇぇぇ!!

そうじゃなくてっ!……」


「……分かってるだよ。

また、何かするつもりですだな?」


「う゛っ……分かっててイジってたのね。

っていうか、その“災害の前触れ”みたいな反応やめなさいよ」


――むすっとするアイナ。

だが、ジョセフは真顔で続けた。


「いいや……“ちょっと掃除するだけ”って言って

噴水を聖域にしたり、

パンに意志を持たせたり……アイナ様は、

自分が聖女だっていう自覚が足りねえですだ」


「そんな自覚最初からないけどぉぉっ?!」


何は、ともあれ……この後。

左右に並んだ花壇の紫陽花《あじさい》を見比べ

暫く考えたアイナは『ぽんッ』と、手を打ち――


「……そうよ。


そうしたら、もっと華やかに成るはずッ!

……ねぇ、ジョセフ!

倉庫から錆びた釘を沢山持ってきてっ!」


「へ?……トラップでもつくるだか?

残酷だぁ~っ……アイナ様、残酷だぁ~っ!」


「な゛っ?!……ちっがうわよっ!

あと、卵の殻も必要ね……両方とも頼める?」


……ジョセフ、沈黙。


そして、暫くの後――


「だ、駄目だ……おらにはもう

何が始まるのかさえ、想像もつかねぇだ……」


遠い目をして、諦めたように

釘と殻を取りに向かったのだった。


……そして、数十分後。


花壇の前には……バケツに入った錆釘《さびくぎ》と

大量の卵の殻を手に、満足げな表情を浮かべる

アイナの姿があった。


「よしっ!これで準備はOKねっ♪」


「こ、今回は……なにするだ?」


僅かに怯えたようなジョセフの声に

アイナは得意げになる。


「まぁ、見てなさいっ!――」


直後、アイナは卵の殻を砕き

錆釘を少しだけ洗いながら

それぞれを、左右の花壇の前に置いた。


そして――


「紫陽花《あじさい》ってね、顔色に出やすい子なのよ」


――少し照れながら、そう言った。


「それは……自己紹介ですだか?」


「ちっがうわよっ!!」


……片方には砕いた卵の殻。

もう片方には古い錆釘《さびくぎ》……直後

アイナは、それぞれの花壇へと

慎重、且《か》つ大胆にそれらを混ぜ込み始めた。


「……なんかね、私もお母さんに教えて貰っただけだから

大した説明は出来ないんだけど、釘は青色を強めてくれるの。


卵の殻はその逆……赤みを強めるの」


其処までを訊いて、ジョセフが首を傾げる。


「で、でも……アイナ様?

どっちの花壇も青い花ですだよ……?」


「そうね、でも……まぁ、少ししたら判るから」


「なるほど……さては、おらが居ない間に

違う花に植え替えるだな……?

そんな事しなくても、アイナ様は聖女ですだよ? 」


「そういう事じゃないわよ!!

……っていうか聖女じゃないわよ!

兎に角……結構範囲広いんだから、ジョセフも手伝って!」


この後、ジョセフに依って

砕かれた卵の殻は土へと撒かれ

アイナは錆釘を一つ一つ花壇へと埋めていった。


一方、その様子を遠くから見守る使用人達は――


「お、おい……見たか今……」

「ああ、白き聖石……それに、血染めの鉄杭を……」

「なんの儀式だろう……」


「だから、園芸だって言ってるでしょうがぁぁぁッ!!」


――アストラル家の使用人たちは

今日も“絶好調”であった。


一方、騒ぎを聞きつけ現れたレナードは――


「ふむ……また不思議な事を始めて居る様だな。

アイナ、今回は何だ?」


しゃがみ込み、土に埋まった釘を

不思議そうに見つめながら問うた。


「あっ、レナード様……えっと、不思議っていうか

まぁ、この見た目と“現象”はそうなんですけど!


……兎に角、楽しみにしておいて下さいね! 」


「ふむ……どうなるんだ?」


「あ、えっと……色が変わるんです。

右(こっち)は赤に、左(こっち)は青に」


「ん?……同じ花なのに、色が変わるのか?」


「ええ!……人間と一緒です」


「何?……どういう意味だ?」


「何と言うか、環境次第で全然違う色になりません?」


――そう、さらりと言ったアイナ。


だが、その言葉に

レナードは少しだけ目を細めた。


「アイナ……君も、苦労をしたのだな」


「へ……?」


「君も……環境で変わったのだろう?」


――そう問われ、不意に幼い日の記憶が蘇る。


泥だらけの町、擦り切れた服

パンを落とし泣きわめく幼き日の自分。


誰もが避けて通る中

そっとハンカチを差し出してくれた――


“純白の憧れ”


『ありがとう』


――“感謝《それ》”さえ受け取らなかった、あの憧れが

彼女の心を複雑に温める――


……


「――アイナ?」


「っ!……あ、はい!」


「その……気に障ったのなら済まなかった」


「い、いえっ!そういう訳ではないのでっ!

で、ではっ!私は他のお仕事をっ!……」


――誤魔化すように走り去ったアイナ

だが……その頬は、

ほんの少しだけ赤かった――


◆


――数日後。


中庭、紫陽花《あじさい》の咲き誇る

花壇へと集まっていた使用人たちは

皆……息を呑んでいた。


「なんだ……」

「これ、聖女様の御業だよな……」

「あ、ああ……絶対そうだ……」


左の花壇には、以前よりも深く鮮やかな青が。

右の花壇には、まだ淡いながらも

夕焼けのような茜色の赤が……少しずつ

だが、確かにその“違い”を見せ始めていた。


「ちょっと前まで同じ色だったよな? ……」

「あ、あぁ……聖女様が花の色を操った……!」

「天使様だ、やっぱりアイナ様は

アストラル家に舞い降りた守護天使様なんだ……」


「だから違うって言ってるでしょうがァァァッ!!」


――絶叫するアイナ。

だが……その時だった。


「嗚呼《あぁ》……綺麗だな」


静かに、そう隣で呟いたレナード……彼は

一輪の紫陽花《あじさい》を見つめながら、静かに笑っていた。


「ふふっ、この紫陽花《あじさい》……まるで、アイナの様だな」


「は、はぇ……っ!?」


「このピンク色……君のトレードマークとでも言うべき

“リボン(それ)”に良く似て居ると思ったんだ」


……レナードの視線の先には

アイナの髪に括られたお気に入りのリボンがあった。


「アイナはいつも全力だが、

穏やかで温かみも持っている。

やはり、この花は……良く似ている」


「なっ……なななっ!?……」


「それに、怒る時も全力だ……私も“経験済み”だからな」


「う、うるさいですっ!!」


――茜色に染まるアイナの頬

そして、この直後――


「た、大変ですだぁぁぁッ!!」


――半泣きで駆け込んできたジョセフ


「今度は何よッ!?」


「し、使用人達が!――


“聖女様が花と心を通わせた”


――とか言いながら

紫陽花へ話しかけ始めましただぁぁぁッ!!」


「な゛っ!?……や、やめなさいよぉぉぉッ!!」


――振り返ると、其処には

花壇の前で真剣に『悩み相談』を始める

使用人たちの姿があった――


「私、もっと仕事が早くなりたいんです……」

「俺……最近失敗続きで……」

「アイナ様、恋愛運はどちらへ祈れば……」


「紫陽花《あじさい》を占い道具にするんじゃありませんッ!!」


――アイナの悲鳴が初夏の庭園へ響き渡る。


一方、色鮮やかな花々の傍《そば》で

レナードだけは、アイナを優しげに見つめていた――

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