Ⅵ 断罪 ー4
「ガコ!」
ターシャが声を上げると、宿屋の二階の窓から熱心に通りを見下ろしていた少年の顔が、ぱっと明るくなった。頭が消え、次の瞬間には宿屋の入り口から、少年が駆け出してきた。
「アン!」
別れてからそんなにたってはいないのに、ターシャは懐かしさに胸が詰まった。ガコと共に行動していた時が、ひどく昔のように感じた。
ガコはそれ以上のようで、ターシャにしがみつくと、「ひどいや」とぐずぐず泣き出した。
「僕を置いていくなんて」
ターシャは切なくなって、ガコを抱きしめた。
巻き込みたくないから置いていったのに、結局、また利用しようとしている。
どう声をかけようかと悩み、「ガコ、ごめ…」と言いかけたとき、後ろから手が伸びてきて、ガコの襟をむんずとつかんだ。
「噓泣きもいい加減にしろ、ガコ」
「あ、この子、マルゴの子じゃん」
ターシャが振り返ると、陽が不機嫌な顔でガコの襟首をつかみ上げ、昂は興味深そうにガコの顔を覗き込んでいる。
「ちょっと」
「やめて」と言う前に、陽に引っ張られたガコの口から、「ばれたか」という声が聞こえた。
見ると、一つも涙は出ておらず、口元はニヤニヤと笑っている。
「ひどいなぁ、悲しかったのは本当だよ!」
ガコがふたたびターシャに抱きつこうとするのを、陽が襟をつかんだまま離さないので、ガコはなんとか陽の手を振りほどこうともがいた。
「マルゴの子どもはそんなにやわじゃない、ターシャ」
陽はちらりとターシャを見て、「また巻き込んじゃうとか、思ってるんだろうけど」と付け加えた。
「え、なになに。俺のこと?」
ガコは耳ざとく聞きつけて、先ほどまでの演技を忘れたように、ターシャを見上げた。
ターシャはガコの両側の頬を、自分の両手でぎゅっと挟んだ。ガコの顔が、くしゅっとつぶれる。
ガコが驚いて、ターシャの両手をつかもうとした。
「ほんっとうに、大丈夫なの?」
ターシャがガコの顔をつぶしたまま尋ねると、ガコはつぶれた顔のまま、ニッと笑った。
「らいひょーうらって」
それからターシャの手を、自分の顔から引きはがした。
「陽も言っていたけど、俺はそんなにやわじゃねーよ。あんたたちがなんで俺を置いていったか分かったし、だから、さっさとドムから引きあげた。それに、アンが気を使ってくれても、他の奴が俺を使う気満々だしな」
そう言って、ヒラリと一枚の小さな紙を出した。
「言われた通り、調べたぜ。神の薬に、興味を示したやつ」
「え?」
身に覚えがないことを言われ、ターシャは眉を顰めた。
すると、陽が口を開いた。
「それで?そいつらは話に乗りそうかい?」
陽が淡々としゃべるのを、ターシャは唖然として聞いていた。
ガコは難なく答える。
「いいや。やっぱり警戒してるね。出所を調べようと躍起になってる」
「だよな。じゃあ、うまく針森に集まってくれるかな」
「…いつから?」
ターシャでもさすがに分かる。ターシャが知らない間に、陽は勝手にガコに何か頼んでいたのだ。しかもかなり重要なことだ。
「ドムを出る前の晩に。多分、ガコとは別れることになると思ったから、お願いしといた」
「わたしに言わなかったのは…」
「杏は嫌がるだろうと思ってね」
公国に戻ってからは、またターシャの呼び名を杏にしている。
ターシャは時が巻き戻ったような気がした。
「そうね、わたしは反対したでしょうね」
ガコを置いていくことにも躊躇したのだ。ターシャはあっさり認めた。
ガコを見れば、少し後ろめたそうな顔をしている。ターシャはその頭を撫でようとして、辞めた。子どもではないのだ。
「ありがとう、ガコ」
ガコは「おう」と応えた。
「それで?誰がどこに集まるって?」
急に違う声が割り込んできて、陽とガコの間に立った。ターシャの真横だ。
陽がターシャの腕を引いて、自分の背にかばう。
闖入者はガコを抱き上げた。
「まぁ、こんな通りの真ん中で話すことじゃないと思うよ」
陽たちの緊張にまるで構わず男が言うと、昂は呑気にそれに応じた。
「そうだね。どこかいい所知ってる?空」




