Ⅵ 断罪 ー2
「そろそろ限界かな」
ガザ帝国炎王は、重い溜息をついた。
隣で国軍大将櫂が、無言で頷いた。
本当なら、君主の言葉に無言で返すなど、無礼千万である。
ちょうど眼下では、近衛兵の新兵たちが訓練に精を出していた。
ガザ帝国の近衛兵は、入ってから一年間は、今までの人生を根底から覆されるような、過酷な訓練を課せられる。
近衛兵の入隊は氏族の子息が多い。特に限っているわけではないのだが、名誉ある職であり、箔もつくので、氏族からの希望が多いのだ。
当然そうなると、氏族の子息の方が入隊選抜試験に受かりやすい。その結果、近衛兵のほとんどが、氏族出身者で占められることになる。
それはガザの今の制度では仕方がないとして、代わりに、一年間は徹底的にしごくことになったのだ。氏族の子息として育った者たちは、当然経験したことがない、掃除や洗濯、食事の支度に始まり、訓練は厳しく、容赦ない叱責が浴びせられる。もちろん、入隊時に従者や召使を連れてくることは禁じられている。
氏族の子息たちの特権意識をへし折り、それでも辞めず、上を目指す者だけを選抜しようというのが目的であった。
だいたい半分ほどが、一年たったころには、辞めている。
対して、各地の駐屯兵はほとんどが平民だ。
その中で出世し、指揮官も平民出身の者が、そのままなることが多い。たまに、中央からいわくつきの氏族の者が、指揮官としてやって来ることはあるが、ほとんどは平民たちの軍として独立している。
その駐屯兵への志願者が、最近多いらしい。
氏族出身者が占める近衛兵と、平民出身者が占める駐屯兵は、当然あまり仲が良くない。
それでも反乱に至らないのは、駐屯兵の頭を、各地の行政が抑えているからだ。行政のトップは氏族が占めている。
だが今は各地の駐屯兵たちも、不穏な動きをし始めている。新たに入ってくる兵たちは、今回のカエルム事件で村がいよいよ疲弊し、決意を固めてくる者が多い。
すべての原因である公国に制裁を、という決意である。
新兵たちの熱い思いは、今や、駐屯地全体に広がっている。
しかも、これは出発点ではない。カエルムに侵された村や町は、すでに公国への憎悪に満ちている。
それが行く先として、駐屯兵の入隊と公国への報復を求める声の高まりに向かったということだ。
これを行政のトップたちは、何故か押さえつけなかった。
軍の空気が明らかに異様なものになっているのに、見て見ぬふりをしているようだった。
「自分たちの氏族がどのくらい関わっているのか、正確に知っている者は少ないだろう。だが、関わっているかもしれないという予測は、簡単にできる。公国に罪をかぶせることができるのなら、それに越したことはない」
炎は半ば達観したようなあきれ顔で、そう言った。
そういう炎だって、氏族の一人だ。
「ここまではっきりとした国民の怒りを、無視し続けるのは無理だろう」
「そうなれば、彼らの怒りはこちらに向かうでしょうね」
櫂が当然のことを言うと、炎も頷いた。
「そうだな、内乱は最悪だ」
自分の立場が惜しいのではない。身内で戦うと、国内がより悲惨に荒れてしまう。各地でいわば同士討ちが始まり、結局後に残るのは屍と嘆きだけということになる。
それは自分たちがやってきた歴史でもある。
だからこそ、今回は避けたかった。
「神の道を詰めるか」
王のつぶやきに、国軍大将は背筋を伸ばした。
「アウローラ公国ドムとの国境付近に、近衛第三師団を送れ」
「はっ」
櫂は返事をしたものの、そのまましばらく待った。
第三師団は、公女ターシャの護衛として公国に入った小隊の所属である。
「公国にいる連中には、出発の時に言ってある。結果がどうあれ、ドムの国境に戻って、軍に合流しろと」
櫂の無言の待機に気が付いて、炎は苦笑交じりにそう言った。
櫂の顔から、即座に部下としての仮面がはがれ、心底嫌そうな顔になる。
「最初からそのつもりだったんですか。やっぱりあんたはこの国の王様ですね」
わざと礼儀も忘れたその言い草に、炎は鼻で息を吐いた。
「公女だって、そのくらい分かっていたさ」
あの娘は賢い。帰り道まで面倒を見てくれるとは、思っていない。だから彼女の要望も、大神殿まで連れて行ってくれ、だったのだ。
「それで翁は、兵を詰めることをどう思いますかね」
櫂がすっかり切り替えてそう聞くと、炎は天を仰いだ。
「あの爺さんはほんと元気だな。もう動いてるよ」
櫂は素直に感嘆の意を表した。
「さすが妖怪」




