↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宵の姫君  作者: さら更紗
Ⅵ 断罪
PR
95/104

Ⅵ 断罪 ー1



「わたしは嫌よ」

 彩は腕を組んだまま、はっきりと言った。

 彪(ひょう)はまた元の従順な隠密に戻って、自分が口を出すことではないと、馬の世話をしながら素知らぬ顔をしている。

 燦(さん)が戻ると、厭味ったらしく大仰に出迎えた照(しょう)も、驚きはしたものの、一歩下がって静観を決め込んでいた。

 しかも、当の本人である允(いん)翠(すい)が、落ち着いて座ったきり何も言わないので、彩の怒りのボルテージは上がるばかりである。

 燦は彩と翠の間で、一人オロオロしていた。

 翠にはいろいろ聞きたいことがあったし、翠の提案を丸呑みするわけではないが、それでも気になるところはある。

 もちろん、それは、翠のやったことを許せないという気持ちを置いてのことである。

 だから彩の言うことも分かる。

 彩も分かっていないわけではない。それでも許せないのだ。

「ここに来るまでにいくつかの町や村を通ったはずよ」

 帝国の中心から外れるほど、新カエルムの被害は大きい。生活が過酷な者ほど、麻薬にすがってしまう。小さな村などは、機能がマヒしてしまった村もあった。

 燦や彩の大切な仲間である良(りょう)の村も、被害を受けた村の一つだった。

 燦たちもここに来るまでに、そんな村を通り抜けてきた。人の唸り声やすすり泣き、なにより荒廃した畑と、村人の昏い目を見るたびに、胸を抉られるような痛みを感じた。

 こんな状況を作り出した者たちへの怒りと、何一つ助けてやれない自分たちの無力さに、毎度打ちのめされた。

それが自分の愛する家族が住む村だったら、その痛みはどれほどのものだろう。

「あなたは何も感じなかったの?」

 彩が問い詰めると、翠は深い緑の目を、彩に向けた。

 珍しく彩がたじろいだ。

 彩の目は普段瞼(まぶた)が閉じられており、何も見えない。だが強い力を宿しているものは、見えなくても、視(み)えることがある。

 翠の翡翠のような目が、彩にははっきりと視えた。

「思ったより、被害は少なかったです。以前の公国のドムのようになることを危惧していたのですが、あれを教訓に、人間は対処方法を学んだらしい。分からずに広がってしまうことがなかったので、抑制されています」

 実験結果を発表するかのように、翠は淡々と述べた。

 一瞬、彩は何を言われているのか分からないというように、口を閉ざした。次の瞬間、彩の身体が震え出した。

 燦もあまりのことに、言うべき言葉を見失った。

 あれで、被害が少なくてよかったと、この男はいけしゃあしゃあとすました顔で言っているのだ。

「それに、ここまで大がかりではなくても、麻薬の製造は、小規模ならどこででも行われています。それが禁止されたカエルムでなければ、見逃されている。それは陛下もご存知でしょう」

 あまりに淡々としゃべるので、思わず大したことではないように錯覚しそうになって、燦は唇を噛んだ。

 吞まれるな。

「他の麻薬の事件を、今回あなたのやったことの言い訳にしないで。父を出してきて、わたしを揺さぶろうとしても無駄よ。過去の麻薬事件がうやむやになったことは、はっきりと父の汚点よ。だからこそ、今回は見逃されない」

「絶対にわたしが止める」と言い切った燦を、翠は微笑んで受け止めた。

「もちろん。その為に、ここまで大きくしたんですから」

 彩の震えがピタリと止まった。

「まさか、燦を引っ張り出すためだけに、こんなことを起こしたの?」

 彩の低い声に、翠は再び彩に目を向けた。

「だけということはありません。餌が大きい方が、たくさん釣れると思ったからです」

 燦は予感がして、咄嗟に彩の瞼を手のひらで覆った。

 彩が肩で息をしている。燦は祈る気持ちで、彩の肩をもう片方の手で抱きしめた。


「嬢ちゃん、ありがとな。怒ってくれて」

 急に別の人物の声がして、彩の頭を撫でた。

 彩の肩からフッと力が抜ける。

「良(りょう)」

 先ほどまで張りつめていた彩の声が、ふにゃりとつぶれた。

 良と呼ばれた五十絡みの男は、そのまま翠の前にドカリと腰を下ろした。

「大事(だいじ)の為には、多少の犠牲は仕方がないというやつだな」

 責めるようでもなく、茶化すようでもなく、良はいたって普通にそう言うと、翠は素直に「まぁ、そうです」と頷いた。

 それを聞くと、良は「ゲッ」と吐く真似をした。

「古臭いな。使いまわされすぎて、気持ちが悪い」

「そうですね。常套手段というやつですから」

 悪びれる風もなく、翠はあっさりそう言った。

「正当化しようとは思っていません。怒りを向けられるのも、恨まれるのも、当然だと思います」

 ズガァァァン

 砕けるような大きな音がして、彩はビクリと体を震わせた。良のこぶしがテーブルにめり込んでいる。

「良……」

 思わず燦の声が漏れる。

 叩きつけたこぶしから血が滲んでいる。

 だが翠は全く動かなかった。目はひたと良の顔から逸らさない。

「当然だと思うなら、殺される覚悟もできているんだろうな」

 地の底から響いてくるような低い声で、良が唸るように言うと、翠はなぜか安心したように頷いた。

「ええ、もちろんです。そのくらいの覚悟で済むのなら、いくらでも……それだけのことをしているのですから」

 良はどさりと椅子の背もたれに倒れこんだ。

 こぶしから流れた血が飛んで、翠の頬に散った。

 天を仰いで、大きなため息をついた。

「俺の村がどうなっていたかを、言う必要はなさそうだな」

「良!」

 彩が非難の声を上げる。

 良は困った顔で彩を見た。

「すまんな、嬢ちゃん。俺も話すのはつらい。そうしなくて済むなら、わざわざ言いたくないんだ」

 良の言葉に彩はぐっと詰まるが、「でも…」と迷っている。

「こいつはな」

 良は翠を睨みつけたが、憐れんでいるようにも見えた。

「自分が何を引き起こしたか、ちゃんと知っている。それでも、やりたいことがあるってことだ」

「……」

「氏族制度をぶっ壊したいんだろ」

 良が確認すると、翠はわずかに目を見開いた。

「なぜ?」

 翠の疑問を、良は鼻で「フン」と笑った。

「調べりゃ分かるよ」

 良は副業で情報屋をしているが、王家も認める腕利きだ。

「氏族連中がどんなにひどいことをして、あんたの恨みがどんなに深いからといって、カエルムをばら撒いていい理由にはなんねぇよ。それは何があっても許せない。だけどな」

 良の言葉は投げやりなように聞こえた。だが、握りしめているこぶしが、彼が抑えているものを物語っていた。

 先ほど叩きつけたこぶしを、宥めるように反対の手でぎゅっと握っている。その手の甲には太い血管が浮き出ていた。

「お前みたいなのに付け込まれる弱さも、付け込んでもなんとも思わない恥知らずがまかり通っているのも、このくそみたいな氏族制度のせいだと思う。それを潰そうって言うんなら、俺は乗る」

 彩ももう口を挟めなかった。良の覚悟が分かった。更には、相手にそれだけの覚悟が問えるのも、また、良だけだ。

 絶対に逃げるなと言っている。

 賭けているのは、自分の命だけでは足りないと、真正面から脅している。

「うまくいっても、いかなくても、お前に待っているのは死のみだろう。それでもやるのか」

 良の言葉に翠は晴れやかに笑った。

「ええ、そのつもりです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。