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宵の姫君  作者: さら更紗
Ⅴ 涙
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91/100

Ⅴ 涙 ー18


「どうして、照の命令をきいたの?独断だと分かったでしょう?」

 照たちから離れ、燦が大きな声でそう訊ねると、彪は速度を落とし、振り返った。

「そうした方が、姫さんの怒りを買って、皆がビビると思ったんでね」

 照は知らないだろうが、彪は幼いころ燦に付いていた隠密だ。ほぼ同じくらいの年頃なので、護衛としてではなく、もっぱら遊び相手の役目だった。その名残で、二人の時は、燦のことを「姫さん」と呼ぶ。

彪が一人前の隠密になると、燦付きを解かれ、他国を飛び回る隠密として活動していた。

 それが最近、燦のもとに呼び戻されたのだ。

 隼もそうだが、隠密の連中は、敬意を表すことをしない。燦のまわりの隠密だけかもしれないが。

「分れた遜の隠密は、まだ追いついていないかしら」

 彪が速度を落としたままであることに、燦が焦ると、彪は少しだけ口を歪ませた。

「ああ、あれは嘘です」

 しれっと言う彪に、燦は「はぁ?」と思わず大声を出した。

「翠が単騎で走っているのは本当だけど、隠密どもが気付いた様子はありません」

 ではこの状況を作るために、わざわざ照に嘘の報告をしたわけだ。

 全く、これだから隠密の連中は。

「でも、気づかれたかもしれない。おっさん、ちゃんとのしてくれてたらいいけど」

 燦は答えるのも面倒になって、彪がしゃべるのに任せていた。事が済んで、戻ったら、照には優しくしてあげよう。彼は実直で信頼できる。

 だがやはり、役に立ち、頼りになるのは、彪や隼、そして空(くう)のような連中だ。残念ながら。

「おっ」

 彪の声と同時に、燦にも見えた。針森の方向に駆ける単騎の若者。フードを被っていて、顔は見えない。服は庶民のものだが、馬と姿勢が良すぎる。そんなに速度は速くない。

「止めますよ」

 そう言うなり、彪は馬の速度を一気に上げた。燦はついて行かない。足手まといになり、逃げられる可能性がある。ただ静かに、相手が取るであろう退路を塞ぎに行く。

 彪は一気に追いつき、若者の退路を断った。

 若者は逃げようとはせず、大人しく止まった。

 彪がすぐには襲ってこないのを見て取って、若者はもう一人の襲撃者である、燦の方に目を向けたのが分かった。

「単騎というのは目立つものですよ、允(いん)翠(すい)殿」

 燦が近づいていき、声をかけると、若者はフードを外した。翡翠色の目が燦を見つめた。

「王女様こそ、供がたった一人とは。噂通り無茶をする方なのですね」

 動じている様子はない。

「わたしたちが来ることを知っていたの?」

「まぁ、目立っていましたからね。それよりも、崑や遜、もしくは允の連中に見つかる方が怖かったので」

 聞いてもいないのにペラペラとしゃべる翠に、燦は身構えた。

「どうして?」

 この男はどこまでしゃべるのか、自分たちがどこまで知っていると、知っているのか。

 翠の考えが読めなかった。どちらにしろ、こんなに明け透けにしゃべって、翠が得するとは思えない。

 翠は笑って答えた。

「ご存知でしょう。わたしはカエルムを再生させた。それを公国に売ってみただけです。我が国では禁止されているのでね。それが思いのほかうまくいったので、氏族連中に目を付けられたというわけです。身内も含めてね」

「他国へ売るのも禁止されているはずよ。そもそも、カエルムは製造も禁止されている」

 言われることが分かっていたかのように、翠は慇懃に答えた。

「カエルムではありません、王女様。あれはカエルムに似たものです。成分がわずかに違う」

 問題はそこではない。法にひっかかっていなくても、あのカエルムと同じ用途のものを、造って売ったのが問題なのだ。

 そんな詭弁が王や国民に通じると思っているのか。

 ましてや、最弱氏族の允風情が。

「允にはお金も力もないんですよ」

 燦の思考を読んだように、翠は付け加えた。

「何をするにも金と力がいる。そうでしょう?」

「何をするにも?」

 何をしようとしているのか。燦が翠の目の奥を覗こうとしても、翠はたじろがなかった。

「そうです」と翠は頷いた。

「おそらく、王女様や王妃様と、そう考えは違っていないはずです」

 まさか、わたしに見つけさせるために、ここまで来たというのだろうか。炎王ではなく、王女に。

 翠は馬から下り、深く頭を下げた。

「わたしの命を狙う者から、わたしを守ってくださいませんか。そうすれば、わたしが全てを引き受けて、王女様の理想を叶えましょう」

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