表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宵の姫君  作者: さら更紗
Ⅰ 幻の村
PR
9/33

Ⅰ 幻の村 ー9



「本当にいいんですか?」

 青年は心配そうな表情を浮かべて、向かいに座っている初老の男に尋ねた。

 老人と言って差し支えない外見だが、その顔はまだ生気と野心に満ち溢れていた。

「ああ、構いません」

 こういうのを慇懃無礼というのだろう。言葉は丁寧だが、こちらを下に見ていることが、声音や態度の端々に現れていた。

 それも仕方ない。こんな若造相手では。

 老人からしたら、自分など子どもみたいなものだ。そういえば、彼の息子は自分と同じくらいだった。

 青年は奥の部屋に続くドアを、盗み見した。あそこにその息子がいるのだろうか。

「それにしても、まさか(いん)当主の後継者自らおいで下さるとは思いませんでした」

 これは本心なようで、老人の声音に少し熱がこもった。

「いえいえ」

 受け流すように青年は頭を振った。ガザ帝国における四大氏族の一つ、允。青年はその当主の長子である。名を允(すい)と言った。

「わたしなどただの若輩者ですよ。(こん)(おきな)に比べたら、赤子も同然です」

 四大氏族でも崑は最大の規模を誇る。それは王族である(ぜん)を、はるかにしのぐ。崑の翁は、そんな崑一族の実質的な支配者だった。

老人の顔はふっと緩んだ。

「まぁ、あの方は特別でしょう」

 取りなすように言う老人に、他国でもあの翁の存在は特別なのだな、と翠は思った。

 妖怪みたいなものだ。実際、翁が何歳なのか誰も分からない。最初から彼は崑の翁で、ずっと君臨し続けていた。しかも、いまだなお精力的だ。

「それでは、いいのですね。貴方の息子さんには、酷なことになると思いますが」

 翠は話を戻すと、老人は頷いた。

「大丈夫です。息子も納得しました」

 その時浮かべた老人の微笑みに、翠は内心反吐(へど)が出た。

 愉悦に満ちた微笑み。噂に訊いてはいたが、老人はかなり嗜虐的な性質をお持ちのようだ。

 自分の息子が苦しみ、悩む姿を思い浮かべて、悦に入っている。

嫌悪感に身の毛がよだちながらも、翠はそんなことはおくびにも出さず、笑顔で頷いた。

「上々です。それでは」

 そう言って、翠は人差し指を自分の唇に当てた。

「世界をひっくり返しましょう」

 事はとうに動いている。今日ここに来たのは、自分のやろうとしていることの結果を、きちんと見ておこうと思ったからだ。

 この老人の息子のような人間を、自分は沢山作ってしまうだろう。苦しみ、不幸になる人間。

 自分のやろうとしていることは、決して正義ではない。実際、この憐れな小国を不幸に陥れる。大国(ガザ王国)が生まれ変わる為の、まるで生贄のように。

 それが分かっていながらも、事を起こそうというのだから、この老人と自分はそうは変わらない。老人の醜悪さを咎める資格などないだろう。

 翠は立ち上がり、老人に無言で会釈すると、さっさと部屋を後にした。背後で老人が億劫そうに立ち上がる気配を感じたが、振り返ることもしなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ