Ⅴ 涙 ー16
「奏に会わなくてよかったの?」
恐る恐ると言った感じで、燦が尋ねてきたので、彩は笑ってしまった。しかもこんな野営で、炙りたての茶羽根鳥を齧っている時に。
食事には集中したい彩だが、悩みすぎるきらいがある燦のもやもやは、すぐに取り去ってあげたい。
「いいよ。奏がガザに入った頃から、能力がまた戻って来ちゃったし。わたしだって、また目が光って、ドーンみたいなの嫌だからね」
わざと軽く言ってやる。
六年前の豊穣祭での事件が、燦の心にまだ傷を残していることを、彩は知っていた。
多分、目が見えないだけ、人の心はよく視える。
「燦こそ、昂とまたあんまり話せなかったでしょ。いいの?どうしてあっちに行かせたのよ」
燦と昂はお互い想い合っていると思う。だが二人とも、あまりに遠くからお互いを見ている気がする。相手の邪魔をしたくない。その思いばかりが大きくなって、距離ができてしまっている……と彩などは思う。
そう言うと、燦も昂も、子どもをあやすように、「彩にはまだ分からないかな」と言うけれど、彩も十四歳だ。
大人たちより、よっぽどよく分かる。
好きな人と一緒にいたいと、素直に言えばよいのに、何の為の我慢だ。
彩は燦も昂も好きだから、二人が相思相愛なら、一緒に幸せになってほしいと思う。そうでなければ……。
昂はわたしが貰っちゃうよ、と言おうかしら。
「昂はターシャに借りがあるのよ」
言葉こそはっきりしているが、相変わらず燦は、自信がなさそうな声音だ。顔が見えなくても、どんな顔をしているのか、だいたいは分かる。
昂がターシャに何の借りがあるのか、彩には予想がつく。
どうせ六年前の話でしょうよ。
その「借り」には、彩の身内が関わっているのだが、彩はもう過去のことだと割り切っている。
ターシャに対して、悪感情も抱いていないが、ことさら恩義を感じているわけではない。
だが、昂は馬鹿が付くほど義理堅い。
「でも昂が公国に行くのを許したのは、そんな理由じゃないでしょう?」
燦の反応が分かっていてそう言うと、案の定、燦は黙ってしまった。
眉間にしわを寄せ、思い悩む顔が視える。
燦がそんな顔をするのは、ちょうどターシャに借りがあった昂を、利用することができてしまったからだ。
燦は結果的にそうなっただけでも、自己嫌悪に陥ってしまう。
彩も昂も、その度に心配しながらも、結局は二人とも、そんな燦が好きなのだ。
趣味が悪い。自分も、昂も。一人で抱え込んでしまい、苦しむ燦が好きなのだから。
きっと昂も、燦がなぜ自分を公国へ行かせたのか分かっている。
「そうね」
燦の眉間のしわが取れ、スッと真顔にも戻ったのが分かった。彼女の周りの空気が変わった。
燦は火のそばに刺さっているあぶり鳥を取ると、歯を立てて齧り取った。肉汁と油が一緒にしたたり落ち、匂いが広がる。
咀嚼して、飲み下すと、もう一度、「そうね」と言った。
「わたしもそろそろ覚悟を決めないと」
こんな空気の時の、燦は怖い。
彩はもう返事をしないで、あぶり鳥を食べ続けた。




