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宵の姫君  作者: さら更紗
Ⅴ 涙
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89/100

Ⅴ 涙 ー16



「奏(そう)に会わなくてよかったの?」

 恐る恐ると言った感じで、燦(さん)が尋ねてきたので、彩(さい)は笑ってしまった。しかもこんな野営で、炙りたての茶羽根鳥を齧っている時に。

 食事には集中したい彩だが、悩みすぎるきらいがある燦のもやもやは、すぐに取り去ってあげたい。

「いいよ。奏がガザに入った頃から、能力がまた戻って来ちゃったし。わたしだって、また目が光って、ドーンみたいなの嫌だからね」

 わざと軽く言ってやる。

 六年前の豊穣祭での事件が、燦の心にまだ傷を残していることを、彩は知っていた。

 多分、目が見えないだけ、人の心はよく視える。

「燦こそ、昂とまたあんまり話せなかったでしょ。いいの?どうしてあっちに行かせたのよ」

 燦と昂はお互い想い合っていると思う。だが二人とも、あまりに遠くからお互いを見ている気がする。相手の邪魔をしたくない。その思いばかりが大きくなって、距離ができてしまっている……と彩などは思う。

 そう言うと、燦も昂も、子どもをあやすように、「彩にはまだ分からないかな」と言うけれど、彩も十四歳だ。

 大人たちより、よっぽどよく分かる。

 好きな人と一緒にいたいと、素直に言えばよいのに、何の為の我慢だ。

 彩は燦も昂も好きだから、二人が相思相愛なら、一緒に幸せになってほしいと思う。そうでなければ……。

 昂はわたしが貰っちゃうよ、と言おうかしら。

「昂はターシャに借りがあるのよ」

 言葉こそはっきりしているが、相変わらず燦は、自信がなさそうな声音だ。顔が見えなくても、どんな顔をしているのか、だいたいは分かる。

 昂がターシャに何の借りがあるのか、彩には予想がつく。

 どうせ六年前の話でしょうよ。

 その「借り」には、彩の身内が関わっているのだが、彩はもう過去のことだと割り切っている。

 ターシャに対して、悪感情も抱いていないが、ことさら恩義を感じているわけではない。

 だが、昂は馬鹿が付くほど義理堅い。

「でも昂が公国に行くのを許したのは、そんな理由じゃないでしょう?」

 燦の反応が分かっていてそう言うと、案の定、燦は黙ってしまった。

 眉間にしわを寄せ、思い悩む顔が視える。

燦がそんな顔をするのは、ちょうどターシャに借りがあった昂を、利用することができてしまったからだ。

 燦は結果的にそうなっただけでも、自己嫌悪に陥ってしまう。

 彩も昂も、その度に心配しながらも、結局は二人とも、そんな燦が好きなのだ。

 趣味が悪い。自分も、昂も。一人で抱え込んでしまい、苦しむ燦が好きなのだから。

 きっと昂も、燦がなぜ自分を公国へ行かせたのか分かっている。

「そうね」

 燦の眉間のしわが取れ、スッと真顔にも戻ったのが分かった。彼女の周りの空気が変わった。

燦は火のそばに刺さっているあぶり鳥を取ると、歯を立てて齧り取った。肉汁と油が一緒にしたたり落ち、匂いが広がる。

 咀嚼して、飲み下すと、もう一度、「そうね」と言った。

「わたしもそろそろ覚悟を決めないと」

 こんな空気の時の、燦は怖い。

 彩はもう返事をしないで、あぶり鳥を食べ続けた。

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