Ⅴ 涙 ー15
どこまでも続く白い壁に、吐きそうになる。
若い頃は、その白さを素直に神聖なものだと思っていた。
清らかな太陽神が御座す場所に、これ以上ふさわしい色はないと。
廊下の向こうから、ラウル・サボンが歩いてくるのが見えて、ユースティスはこちらの道を通ったことを、激しく後悔した。
遠回りしてでも、中庭までまわればよかった。大神殿の廊下は長く、かといって避ける場所もない。
ユースティスの姿に気が付いたラウルの口が、ニッと歪むのが見えた。
その顔に剣を突き立てて、ぐちゃぐちゃにしたい衝動を何とか抑えて、ユースティスは軽く頭を下げ、横を通り過ぎようとした。
「まぁ、待て」
肩をグッと抑え、ラウルは強制的にユースティスを立ち止まらせた。
ギッと音を立てるかとおもうほど、ユースティスは奥歯を噛みしめた。
昔から変わらない。ラウルはユースティスを、自分の意のままにできる玩具だと思っている。
「そんなに急いてどこに行く?」
ねっとりした声音に、ユースティスは、なるべく感情をのせないように答えた。
「急いてはいません。大神官様に呼ばれて、向かうところです」
「ああ」と、ラウルは心底残念そうな声を出した。
「それは邪魔できないな。大神官様はお前を大変信頼されておられる。早く行って差し上げなさい」
そう言って、ようやく手を離した。
「ひさしぶりに、お前と飲もうかと思っていたのだが、またにしよう」
大神殿にいる息子のところに飲みに来るなど、冗談でも悪質だ。神の地に、仮初めの敬意を示そうという気もない。
だが、何も言わずに、ユースティスは会釈をして父親から離れた。
「うまくやったな」
背後から聞こえた声に掴まれた気がして、ゾワリと背中に怖気を感じながら、ユースティスはその場を立ち去った。
白は何色にでも染まる。
ラウルがいる辺りの白は、もうどす黒く変色しているように思えた。
本当は大神官に会う予定はなかった。
ああ言わないと、ラウルに引き止められると思ったから、嘘をついたのだ。
だが、ユースティスは本当に大神官のもとに向かうことにした。別の場所にいて、またラウルに嗅ぎつけられても面倒だ。
約束がなくても、個人的に大神官の部屋をユースティスが訪ねれば、大神官は快く部屋に通してくれる。
確かにラウルが言う通り、ユースティスはうまくやった。大神官の信頼を勝ち取り、側近の神官たちより、よほど近くに置かれている。
なぜそんなことができたのか、ユースティスにははっきりと分かっていた。
ここにいる者は、何年も思考停止していた。現状に甘んじ、文句はあっても、この地位が守られるのなら、特に何もしない。
だが大神官は、神殿の衰退をもたらしたのは、自分かもしれないという、罪悪感を抱いていた。彼はアランと共に神殿の改革をしている。
その思いは、思考停止した部下たちとは、共有できなかった。
孤独だった大神官に、ユースティスは囁いた。
「神殿の衰退を止める為に、アウローラ大公を止めましょう」
大神官はまんまと喰いついた。
すべてが終わった後でも、ターシャは神殿を潰しはしないだろう。
責めを負い、滅んでいくのは、自分が道連れにする、この国の腐った連中だけだ。
どのくらい会っていないだろう。
まだ一年もたっていないのに、もう何年も会っていないような気がする。
あの手紙を読んで、ターシャはどんな顔をしただろう。涙を流しただろうか、それとも青筋を立てて、怒っただろうか。
後者だといい。
あの娘は賢いから、手紙が文面通りだとは思わないだろう。自分がどうしてこんな手紙を書いたか、探ろうとしただろう。
それでも怒っていてほしい。悲しんでほしくはない。
ターシャには、いつもキラキラした目をしていて欲しい。
大神官の部屋の前に立ち、軽く扉を叩き、「ユースティスです」と声をかけると、中から慌てたような声が聞こえた。
不審に思っていると、扉が開き、大神官付きの従僕が出てきた。
ユースティスに、入るようにと扉を押さえている。
「入って下さい」
中から大神官の声が聞こえたので、ユースティスは中に入った。
扉が閉められ、従僕の足音が遠ざかっていった。
ユースティスが側に寄るのを待たずに、大神官はしゃべりだした。
「先ほど、外門から連絡が入りました」
声が少し上ずっている。
「ガザ帝国の一個小隊が、神殿に向かっているそうです。一台の馬車を警護しているようで、その馬車には…」
ユースティスの胸が、ドクンと強く脈打った。
「ターシャ公女が乗っているようです」
来た。
青白い大神官の顔を見つめながら、ユースティスは歓喜が顔に出ないように気を付けた。
やっと、来た。
「ユースティス殿、あなたに会いに来たとおっしゃっているそうですよ」
待っていたよ、ターシャ。




