Ⅴ 涙 ー14
ターシャたち一行は、王城を後にした。
昂と隼の他に、炎王は二十人ほどの一個小隊をつけてくれた。
これで神殿も無視はできないだろう。
だが、あくまで護衛だ。兵たちはターシャを守るだけで、反逆者たちを攻撃することはない。
それがギリギリ、帝国が公国に介入したと言わせないための、手段だった。
それはターシャが望んだことだ。それが炎の思惑と一致した。
ここからは自分だけだ。
護衛たちが囲む馬車の中で、ターシャはグッと腹に力を込めた。
ターシャは燦が姿を現さなかったことが、気がかりだった。
王城まで送り届けてくれて以来、結局、出立の時も、燦は現れなかった。
王はともかく、燦は国の事情があろうとも、自分を気にかけてくれるのではと漠然と思っていたターシャは、自分の甘さを恥ずかしく思ったが、やはりどこか違和感を覚えていた。
燦がそんな不義理なことをするだろうか。
と、となりから手が伸びてきて、ターシャの腕にそっと触れた。
ナルがターシャの顔を覗きこんでいた。
昂と隼、そして陽は、兵士たちと馬で走っていた。馬車の中は、ターシャとナルの二人だけである。
ナルの唇が動く。
『大丈夫だよ』
それがただの慰めではないことを、ターシャは感じた。
『どうして、分かるの?』
手話で返すと、ナルも手を動かした。
『燦の側には、彩がいる』
針森やガザの名前は、見慣れぬ指文字を使う。発音が複雑だからだろう。ターシャの困惑した顔を見て、ナルは苛立ちもせず、やり直した。
『僕の妹。双子の』
ああ。
記憶が十年前に飛ぶ。
空まで突き抜けるかと思うほどの火柱。よく似た双子。
頭痛に顔をしかめながら、ターシャは頷いた。
覚えている。
『ガザに来てから、能力が戻ったみたいなんだ。彩の思っていることが頭に入ってくる』
ナルは、どこか遠くを見るような目をした。
『燦王女と一緒に、針森に向かっている』
一瞬、周りの景色が去り、大きな森が見えた気がした。しかし、はっきり見えたわけではなく、湿った空気や、土や木の香りが、景色を運んできた。
サァッと通り過ぎた景色に、ターシャは驚いて目を開けた。目を開いてから、自分が目を閉じていたことに気が付いた。
ナルを見ると、『見えた?』という風に、小首を傾げてきた。
ナルが視せたのだ。気が付いて、ターシャは思わず口に手を当てた。
『怖い?』
今度は手話で訊いてきた。ターシャはナルの目を見たまま、頷くことも、首を横に振ることも出来なかった。
フッとナルの表情が緩む。笑ったのだ。
『一人の時は何もないんだけどね、彩に近づきすぎると、起こるんだ。だから近づきすぎないようにするよ』
そのまま、手をターシャの頭に乗せた。優しく、あやすように撫でてくれるナルの手が、意外に大きいことに、ターシャは驚いた。
『驚いただけ、ごめんなさい。大丈夫よ』
そう返すと、ナルは素直に『よかった』と返してくれた。
周りの音がまた耳に届きだすと、今度は昂のことが気になり始めた。
王城で昂は燦に会ったのだろうか。燦がいま全く逆の針森に向かっているのを、彼は知っているのだろうか。
知っていたとしたら、なぜ一言でも、ターシャに言わなかったのだろう。燦がターシャを王城に連れてきたことも、二人が懇意であることも、知っていただろうに。




