Ⅴ 涙 ー12
「どう思った?」
炎は自分から少しだけ離れた椅子に、ゆったりと座る老人に話しかけた。
「容赦のない娘ですな」
属国とはいえ、隣国の公女を「娘」呼ばわりするのは、不敬に当たる。だが崑の頂点にある崑の翁こと崑桜は、そんな無作法もどこ吹く風だ。
それは結局、崑をはじめとするガザ帝国民が、アウローラ公国を下に見ているということだった。
実際、炎も翁を咎めはしない。
「あの若さで、その苛烈さは、なかなか見られません」
翁は「おもしろいですな」と付け加えると、唇を歪めながら顎を撫でた。
炎は、先ほどのターシャとの対面を、まずは翁に話してみた。
櫂は炎の意図をくみ取りすぎるし、凛はその是非がどうであろうと、ターシャに味方するだろう。彼女が燦の友人であるし、一緒にいる陽は針森の人間だ。
もちろん、彼らにも話すつもりだが、先に、ガザや公国の為だけではない、違う視点を持った人間の意見を聞いてみたかった。
国の為というのは、時には暴走してしまう。自身の行動を、正当化、あるいは神聖化してしまうのだ。
その点翁は、自分も含め、人の行動は、自分の意思という私欲から発していることを、知っている。
「女にしておくのは勿体ないなどと言うと、王妃様が怒りますかな」
翁は冗談めかして、そう言った。
凛と実際に会って話したのは、数えるほどなのに、凛の細かな性格を把握している翁に、炎は内心ギクリとする。
男女の性差によって、生き方が決められていない針森で育った凛は、針森以外の世界で通用している男女の役割に、異論は言わないが、納得はしていない。
時にそれを飛び越えた発想を、当然のように披露し、周りを戸惑わせたりする。
「公女自身もそう思っている」
以前、アラン大公に聞いた話を思い出しながら言うと、翁は「おや」という目で炎を見た。
「男に生まれたかったと?」
「そうは言っていないが、大公になりたいと、幼いころから言い張っていたそうだ」
「ほう、それは」
公国はかつて太陽神国であった名残で、今も女子に家督の相続が認められていない。
幼いころの戯言だと捨て置けばそれまでだが、先ほどの対面での態度を思うと、今でもそう思っているのかもしれない。
「おもしろいですな」
頭の中を整理するように、翁はもう一度言った。
「存分に力になって差し上げたらいいと思います。今回の騒動は、今後公女様中心に動いていくでしょう。あの方は台風の目になりそうだ。周りが勝手に吹き荒れていく。混乱は大事を変える絶好の機会です」
翁はこめかみに指を当て、揉みほぐしながら、目がぎょろぎょろ動くに任せていた。
「ターシャ様が上に立つかもしれませんな。少なくとも、アラン大公はそのつもりなのかも……」
ぶつぶつとだんだん小声になっていく。思考の底に沈む前に、翁は真顔で炎を見た。
「今のうちに大恩を背負わせておくべきでしょう」




