Ⅴ 涙 ー11
「先客万来だな」
「まぁ、仕方ないか」と炎は独り言のように呟いてから、目の前に跪く少女を見た。実際に会ったのは初めてだ。
ただ彼女の父であるアランや、婚約者であるユースティスが、ガザを訪問した際、よく話題に上っていた。おもしろい娘だというのが、ターシャという娘に対する二人の共通認識だった。
話に聞いていたせいか、初めて会った気がしない。
「お目通りを叶えて下さり、ありがとうございます、陛下。お初にお目にかかります。アウローラ公国公女、ターシャと申します」
丁寧に口上を述べる公女に、炎は鷹揚に笑顔を向けた。
「そんなに畏まらなくて良い。ここは王城の中でも、私的な家族の館だ。今日は娘の友人に会っているつもりだ」
顔を上げるよう促すと、少女はさっと顔を上げた。強い瞳が、違わず、炎の目をしっかりと捉えた。
ここまで強く、ガザ王である自分の目を見てくる者は、妻の凛くらいである。
アランに追放の宣旨が出た知らせを聞いた時は、彼の家族は動揺しているだろうと、案じていた。
だが内心はともかく、少なくとも公女の表情に、動揺は見られなかった。
大したものだ。
炎の娘の燦は、この年頃、自分探しの家出をしていたな、と懐かしく思った。あの頃の燦と、目の前にいる公女とでは、覚悟の決まり方が違う。
「……大公のことで、助けが必要か」
公女が蒼碇で燦に会い、先の事件のことを聞いたことは、もちろん炎の耳に入っている。単刀直入に炎がそう尋ねると、ターシャは一瞬驚いた顔をしたが、ゆっくりと頷いた。
「はい」
炎が黙って向かい側の寝椅子を示すと、ターシャは浅く頭を下げ、素直に腰を下ろした。
背筋をスッと伸ばし、炎の言葉を待つことなく、先を続けた。
「お願いしたいのは二つです」
迷いのない目を炎に向けてくる。
「一つは今行方不明の大公を、大神殿や大神官を唆した連中たちより早く、見つけて保護していただきたいこと」
最初から、随分と厚かましいことを言う。
もしや娘と懇意だからと、甘い考えで来たのではあるまいか。
「二つ目は?」
挑発するように言ってやると、ターシャも口角を上げて笑った。
「わたしは今から、大神殿に向かおうと思います。その警護をしていただきたい」
「……行って、どうする?」
大神殿には彼女の婚約者がいる。
ターシャも炎が言いたいことが分かったようで、瞬きもせずにその眼差しを受け止めた。
「彼に真意を問いただします。なぜ、大公がガザ帝国を襲撃したなどという芝居をさせ、帝国の怒りを買おうとしたのか。そして、大公を反逆者にし、国民の敵意を向けさせたか」
「ユースティス殿が仕組んだと?」
炎でさえ、彼がそんなことをするような男には見えないと思っていた。
だがターシャは頷いた。
「少なくとも、その一旦を担っていると思います」
「彼は彼の父親の館に監禁されていた。父親は残忍な性格で、ユースティス殿とは仲が悪かったと聞いているが」
なぜ俺がユースティスを庇うような形になっているのかと思いながらも、炎がそう言うと、ターシャは即座に答えた。
「そうです」
しかし、と続ける。
「だからと言って、彼が父親の言うなりになっているとは思いません」
ターシャははっきりと言った。
「彼の行動はすべて、彼の意思によるものです」




