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宵の姫君  作者: さら更紗
Ⅴ 涙
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80/100

Ⅴ 涙 ー7



「奏(そう)が来るわよ」

 馬車に揺られながら、唐突に少女はそう言った。肩で切りそろえた黒髪は軽やかに揺れ、出会った者がハッとするほど整った顔だちだが、その目は閉じられたままだった。

 だが、そんなことは関係ないとばかりに、楽しそうに笑う。

 隣に座る昂は、呆れ顔で少女を見ていた。

「勝手に視るのはのぞき見になるんじゃないか、彩」

「不可抗力よ」

 さらりとそう言い、彩は狭い馬車の中で、大きく伸びをした。当然手が昂に当たる。昂が非難の声を上げるが、彩は構わずグイグイと昂に伸ばした手を押し付けた。

 彩が七つの頃からのつきあいだが、身体も振る舞いも大人に近づいてきたこの頃でも、昂に対しては未だに子どものようなことをする。

 彩とは双子である奏は、耳が聞こえず、口もきけない。訳あって、今は離れて生きているが、子どもの頃は二人で一人のように、ぴったりくっついて離れなかった。そんな二人は思念でつながっており、奏が見たものを彩は視ることができ、彩が思ったことを奏は感じ取ることができた。

 だが何年も、しかも違う国で離れて過ごすうちに、思念を共有する能力は弱まっていった。長年離れていることも、二人の身体の成長も関係があるのかもしれないが、何より二人ともそれでよいと思っていた。

 二人で一人ではなく、それぞれ一人の人間になるためには、お互いを切り離す必要がある。だから何年も近づかなかった。

 その奏が、公国ではナルと呼ばれている男である。

「それにしても、陽は燦に対して、ひどいわね」

 彩は言葉とは裏腹に、楽しそうに言った。

 奏には干渉しないようにすると言っていたのに、奏がガザ入りしたのを感じてから、好奇心が抑えられなかったらしい。積極的に視ることはしないが、入り込んでくる映像を嬉々として分析している。

「すごい剣幕で怒鳴っていたわよ」

 奏は耳が聞こえないので、陽が何を怒鳴っていたのかは分からない。だがその場の険悪さは、見るだけで十分だった。

 昂は反論することなく、ため息をつく。

「誤解が……解けないんだよなぁ」

 どうしてそうなったのか分からないが、王女である燦が、昂を弄んでいると思っているらしい。

 彩が「うふふ」と含み笑いをした。

「誤解かなぁ。燦は結構好き放題しているしね」

 まだ成人もしていない少女に、大人のような意見を言われて、昂は思わずむきになってしまう。

「それでいいんだよ。俺は燦に自分の好きなように生きて欲しかったんだから」

「陽にはそれが、昂ばっかり我慢しているように思えるんでしょ」

 正論を言われて、昂は「ウッ」と詰まる。

「でも俺だって、好きなように生きてるよ」

 言葉の割には、声に力がない。彩は「フン」と鼻を鳴らした。

「そう思うんなら、いいんじゃない?」

 彩は明らかに面倒になった調子でそう言い、「それより」と付け加える。

 そっちが言い出したんだろうと、釈然としない気持ちながらも、昂は黙って彩の言葉を聞いていた。昂としても、「それより」違う話がしたい。

「凛は大丈夫かしら」

 この国の王妃を捕まえて、呼び捨てにするのは、家族以外では、王妃の故郷である針森の人間くらいである。

「凛なら、うまくやるさ」

 そう言う昂の声音に、少しの不安が混じっているのを、耳の良い彩はすぐに気が付いた。

「昂が信じていなかったって、凛に言ってやるわ」

「……うまくやると思うよ」

 昂はもう一度繰り返した。

「だけど、これからが大変だろう。翁がまるっきり俺たちの思い通りに動くとは思えない。カエルムの汚染だって、食い止められていない」

 家族を残してきた村が、カエルムに侵されたらしいと、仲間が一人、何年も戻っていない村に、慌てて帰っていった。

 世の中の風は、どうも悪い方に吹いている。

 だが、深刻さを帯びた昂の言葉をものともせず、彩は軽やかに言った。

「とにかく、全員集合ね」

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