Ⅴ 涙 ー1
ターシャ、陽、ナルの三人は、蒼碇の役所を辞した後、隼が用意してくれた宿に落ち着いた。
燦は蒼碇の私邸に三人を招いたが、ターシャは丁重に辞退した。陽のこともあったが、ターシャ自身も、燦から離れて状況を整理したかった。
宿の一室で荷を解いてホッとしても、陽の機嫌は悪かった。
普段、腹が立つほど淡白な陽が、こんなに感情を表に出すのは珍しい。
そちらがその気なら、とターシャは早速、燦と何があったのか、問いただすことにしたのだ。
陽の向かい側に座り、「王女様のこと、知っていたのね」と促すと、「そりゃ」ともごもごとこもった声で答えた。
「昂が針森に戻ってくるたびに話していたからな。六年間もよくやるなぁと思うよ。だけど、別に昂とあの王女の関係に反対しているわけじゃない。王女も昂のことが好きなのは本当だろう」
先ほど王女に向かって、「別れろ」と言っていたのにと思いながらも、ターシャは黙ってうなずいた。ナルはターシャの横に座ると、不可解なものを見るように、陽を眺めていた。
「じゃあ、なにが不満なの?」
「愛情の差」
即座に返ってきた言葉に、ターシャは目を丸くした。愛情なんて、陽に一番似つかわしくない言葉だ。
「王女が一番大事にしているのは、この国だ。でも、昂が一番大事にしているのは、そんな王女を支えることだ……不公平じゃないか?」
そう言って表情を固くする陽に、ターシャは「うーん」と唸った。陽の言いたいことは、分からないでもない。だが、燦の国を第一に考える態度は、王女としては当然だ。
「それは王女なんだから、仕方がないんじゃない。昂はそれも分かっていて、彼女の側にいるんじゃないかと思うけど」
ふと、ユースティスのことを思い出した。ターシャの公女としての想いを、彼は全面的に受け止めてくれた。彼のそんな振る舞いに、ターシャは感謝していたが、何か彼にも思うところがあったのだろうか。
「そうだな」
陽はあっさり認めた。
「多分国の為に彼女が他の奴と結婚しても、笑って祝福するんだろう」
捨て鉢な言い方に、ターシャは反射的に「そんなことっ」と言いかけて、言葉が続かなかった。
本当にそんなことないだろうか。自分なら?
陽はターシャを見ていなかった。
「それでも昂は彼女を思い続けるだろう」
独り言のように呟くと、顔を腕の中に埋めてしまった。
「そうしたら、空みたいになっちまう」
空のことは知っている。ガザ王国の王妃に、何十年も「不毛な恋」をしている隠密。公国の脅威となった男。
「燦は女王にならないって言っていたわ」
ターシャが秘密を暴露すると、陽は弾けたように顔を上げた。
「本当?」
自分より年上のくせに、その表情があどけなくて、ターシャは笑ってしまった。こんな重要なことを、以前ならくだらないと思っていた理由で、あっけなくばらしてしまった。
「でも、理由は知らないわよ。言われなかったから。多分、昂の為ではないと思うわ」
そう付け加えると、陽はまた眉を顰めた。
「そんな理由で」と言うと、陽はまた怒ってしまうかもしれないが、燦はもっと先のことを考えている。
聞いた時は、衝撃でうまく働かなかった頭が動き始めたのが、ターシャは自分でも分かった。結局は、陽と一緒で、勝手に同志だと思っていた燦に裏切られて、ショックを受けていたのだ。
「……結局あなたは、お兄さんを燦王女に取られた気がして、気に喰わないのよ」
ターシャが結論付けると、陽は不貞腐れた顔のまま、「違う」と小さな声で言った。悪あがきする陽に構わず、ターシャは続けた。
「でも、燦が王位を継がないのなら、きっと二人の関係も変わってくるわ。燦は王族であることに縛られなくなる」
そうなれば……
ふと自分の服を引っ張り、注意を引く者がいた。ナルがもどかしそうに手話で伝えてくる。
『そうしたら、ガザも変わる?』
答えようとした時、扉が叩かれた。返事をする間もなく開かれる。
隼が青ざめた顔で入ってきた。
「公国の大神官が、アラン大公追放の宣旨を出した」




